一 　 午後 の 授業 
「 では みなさん 、 さ う いふ ふう に 川 だ と 云 はれ たり 、 乳 の 流れ た あと だ と 云 はれ たり し て ゐ た 、 この ぼんやり と 白い もの が 何 か ご 承知 です か 。 」 
先生 は 、 黒板 に 吊し た 大きな 黒い 星座 の 圖 の 、 上 から 下 へ 白く けぶ つた 銀河 帶 の やう な ところ を 指し ながら 、 みんな に 問 ひ を かけ まし た 。 
カムパネルラ が 手 を あげ まし た 。 それ から 四 五 人 手 を あげ まし た 。 ジヨバンニ も 手 を あげよ う として 、 急い で そのまま やめ まし た 。 
たしかに あれ が みんな 星 だ と 、 いつか 雜誌 で 讀ん だ の でし た が 、 このごろ は ジヨバンニ は まるで 毎日 教室 で も ねむく 、 本 を 讀む ひま も 讀む 本 も ない ので 、 なんだか どんな こと も よく わから ない といふ 氣持 が する の でし た 。 
ところが 先生 は 早く も それ を 見 附け た の でし た 。 
「 ジヨバンニ さん 。 あなた は わかつ て ゐる ので せ う 。 」 
ジヨバンニ は 勢 よく 立ちあがり まし た が 、 立つ て 見る と もう はつ きり と それ を 答 へる こと が でき ない の でし た 。 ザネリ が 前 の 席 から 、 ふり か へ つて 、 ジヨバンニ を 見 て くす つと わら ひ まし た 。 ジヨバンニ は もう どぎまぎ し て まつ 赤 に なつ て しまひ まし た 。 
先生 が また 云 ひ まし た 。 
「 大きな 望遠鏡 で 銀河 を よ つく 調べる と 銀河 は 大 體何 で せ う 。 」 
やつ ぱり 星 だ と ジヨバンニ は 思ひ まし た が 、 こんど も すぐ に 答 へる こと が でき ませ ん でし た 。 
先生 は しばらく 困 つ た やう す でし た が 、 眼 を カムパネルラ の 方 へ 向け て 、 
「 では カムパネルラ さん 。 」 と 名指し まし た 。 
すると あんなに 元 氣 に 手 を あげ た カムパネルラ が 、 も ぢ も ぢ 立ち上 つ た まま やはり 答 へ が でき ませ ん でし た 。 
先生 は 意外 の やう に しばらく ぢ つと カムパネルラ を 見 て ゐ まし た が 、 急い で 、 
「 では 。 よし 。 」 と 云 ひ ながら 、 自分 で 星 圖 を 指し まし た 。 
「 この ぼんやり と 白い 銀河 を 大きな いい 望遠鏡 で 見 ます と 、 もう たくさん の 小さな 星 に 見える の です 。 ジヨバンニ さん さ う で せ う 。 」 
ジヨバンニ は まつ 赤 に な つて うなづき まし た 。 けれども いつか ジヨバンニ の 眼 の なか に は 涙 が い つ ぱいになりました 。 さ う だ 僕 は 知 つて ゐ た の だ 、 勿論 カムパネルラ も 知 つて ゐる 、 それ は いつか カムパネルラ の お父さん の 博士 の うち で カムパネルラ と いつ しよ に 讀ん だ 雜誌 の なか に あつ た の だ 。 それ どこ で なく カムパネルラ は 、 その 雜誌 を 讀む と 、 すぐ お父さん の 書 齋 から 巨 き な 本 を もつ て き て 、 ぎん が といふ ところ を ひろげ 、 まつ 黒 な 頁 い つ ぱいに 白い 點々 の ある 美しい 寫眞 を 二 人 で いつ まで も 見 た の でし た 。 
それ を カムパネルラ が 忘れる 筈 も なかつ た のに 、 すぐ 返事 を し なかつ た の は 、 このごろ ぼく が 、 朝 に も 午後 に も 仕事 が つらく 、 學 校 に 出 て も もう みんな と も はきはき 遊ば ず 、 カムパネルラ とも あんまり 物 を 云 は ない やう に なつ た ので 、 カムパネルラ が それ を 知 つて 氣 の 毒 が つて わざと 返事 を し なかつ た の だ 。 
さ う 考へる と たまらない ほど 、 じ ぶん も カムパネルラ も あはれ な やう な 氣 が する の でし た 。 
先生 は また 云 ひ まし た 。 
「 ですから もしも この 天の川 が ほん た うに 川 だ と 考へる なら 、 その 一つ 一つ の 小さな 星 は みんな その 川 の そこ の 砂 や 砂利 の 粒 に も あたる わけ です 。 また これ を 巨 き な 乳 の 流れ と 考へる なら 、 もつ と 天の川 と よく 似 て ゐ ます 。 つまり その 星 は みな 、 乳 の なか に まるで 細か に うかん で ゐる 脂 油 の 球 に も あたる の です 。 そん なら 何 が その 川 の 水 に あたる か と 云 ひ ます と 、 それ は 眞 空 といふ 光 を ある 速 さ で 傳 へる もの で 、 太陽 や 地球 も やつ ぱりそのなかに 浮ん で ゐる の です 。 
つまり は 私 ども も 天の川 の 水 の なか に 棲ん で ゐる わけ です 。 そして その 天の川 の 水 の なか から 四方 を 見る と 、 ちやう ど 水 が 深い ほど 青く 見える やう に 、 天の川 の 底 の 深く 遠い ところ ほど 星 が たくさん 集 つて 見え 、 し た が つて 白く ぼんやり 見える の です 。 この 模型 を ごらん なさい 。 」 
先生 は 中 に たくさん 光る 砂 の つぶ の 入 つた 大きな 兩面 の 凸レンズ を 指し まし た 。 
「 天の川 の 形 は ちやう ど こんな な の です 。 この いちいち の 光る つぶ が みんな 私 ども の 太陽 と 同じ やう に じ ぶん で 光 つて ゐる 星 だ と 考へ ます 。 私 ども の 太陽 が この ほぼ 中ごろ に あ つて 地球 が その すぐ 近く に ある と し ます 。 みなさん は 夜 に この まん中 に 立つ て この レンズ の 中 を 見 ま はす として ごらん なさい 。 こ つ ちの 方 は レンズ が 薄い ので わずか の 光る 粒 即ち 星 しか 見え ない ので せ う 。 こ つ ちやこ つ ちの 方 は ガラス が 厚い ので 、 光る 粒 即ち 星 が たくさん 見え 、 その 遠い の は ぼう つと 白く 見える といふ 、 これ が つまり 今日 の 銀河 の 説 な の です 。 そん なら この レンズ の 大き さ が どれ 位 ある か 、 また その 中 の さまざま の 星 について は もう 時間 です から 、 この 次 の 理科 の 時間 に お話 し ます 。 では 今日 は その 銀河 の お祭 な の です から 、 みなさん は 外 へ で て よく そら を ごらん なさい 。 では ここ まで です 。 本 や ノート を おし まひ なさい 。 」 
そして 教室 中 は しばらく 机 の 蓋 を あけ たり しめ たり 本 を 重ね たり する 音 が い つ ぱいでしたが 、 まもなく みんな は きちんと 立つ て 禮 を する と 教室 を 出 まし た 。 
二 　 活版 所 
ジヨバンニ が 學 校 の 門 を 出る とき 、 同じ 組 の 七 八 人 は 家 へ 歸 ら ず カムパネルラ を まん中 に し て 校庭 の 隅 の 櫻 の 木 の ところ に 集ま つて ゐ まし た 。 それ は こん や の 星祭 に 青い あかり を こし ら へ て 、 川 へ 流す 烏瓜 を 取り に 行く 相談 らし かつ た の です 。 
けれども ジヨバンニ は 手 を 大きく 振 つ て どしどし 學 校 の 門 を 出 て 來 まし た 。 すると 町 の 家々 で はこん や の 銀河 の 祭り に いち ゐ の 葉 の 玉 を つるし たり 、 ひのき の 枝 に あかり を つけ たり 、 いろいろ 仕度 を し て ゐる の でし た 。 
家 へ は 歸 ら ず ジヨバンニ が 町 角 を 三つ 曲 つて ある 大きな 活版 所 に は い つ て 、 靴 を ぬい で 上り ます と 、 突き 當 り の 大きな 扉 を あけ まし た 。 中 に は まだ 晝 な のに 電 燈 が つい て 、 たくさん の 輪 轉器 が ば たり 、 ば たり とま はり 、 きれ で 頭 を し ばつ たり 、 ラムプシエード を かけ たり し た 人 たち が 、 何 か 歌 ふ よう に 讀ん だり 數 へ たり し ながら たくさん 働い て 居り まし た 。 
ジヨバンニ は すぐ 入口 から 三 番目 の 高い 椅子 に 坐 つた 人 の 所 へ 行 つて おじぎ を し まし た 。 その 人 は しばらく 棚 を さがし て から 、 
「 これ だけ 拾 つて 行ける か ね 。 」 と 云 ひ ながら 、 一 枚 の 紙切れ を 渡し まし た 。 ジヨバンニ は その 人 の 椅子 の 足もと から 一つ の 小さな 平たい 箱 を とりだし て 、 向 うの 電 燈 の たくさん つい た たてかけ て ある 壁 の 隅 の 所 へ し や が み 込む と 、 小さな ピンセツト で まるで 粟粒 ぐらゐの 活字 を 次 から 次 と 拾 ひ はじめ まし た 。 
青い 胸 あて を し た 人 が ジヨバンニ の うし ろ を 通り ながら 、 
「 よう 、 蟲 めがね 君 、 お早う 。 」 と 云 ひ ます と 、 近く の 四 五 人 の 人 たち が 聲 も たて ず こ つ ち も 向か ず に 冷め たく わら ひ まし た 。 
ジヨバンニ は 何 べ ん も 眼 を 拭 ひ ながら 活字 を だんだん ひろ ひ まし た 。 
六 時 が うつ て しばらく たつ た ころ 、 ジヨバンニ は 拾 つた 活字 を い つ ぱいに 入れ た 平たい 箱 を もう いちど 手 に もつ た 紙きれ と 引き合せ て から 、 さつき の 椅子 の 人 へ 持つ て 來 まし た 。 その 人 は 默 つて それ を 受け取 つ て 微か に うなづき まし た 。 
ジヨバンニ は おじぎ を する と 扉 を あけ て 計算 臺 の ところ に 來 まし た 。 すると 白 服 を 着 た 人 が やつ ぱりだまつて 小さな 銀貨 を 一つ ジヨバンニ に 渡し まし た 。 ジヨバンニ は 俄 か に 顏 いろ が よく な つて 威勢 よく おじぎ を する と 、 臺 の 下 に 置い た 鞄 を もつ ておも て へ 飛びだし まし た 。 それから 元 氣 よく 口笛 を 吹き ながら パン 屋 へ 寄 つて パン の 塊 を 一つ と 角砂糖 を 一 袋 買 ひ ます と 一目散 に 走り だし まし た 。 
三 　 家 
ジヨバンニ が 勢 よく 歸 つて 來 た の は 、 ある 裏町 の 小さな 家 でし た 。 その 三つ ならん だ 入口 の 一番 左側 に は 空 箱 に 紫いろ の ケール や アスパラガス が 植 ゑてあつて 、 小さな 二つ の 窓 に は 日覆 ひ が 下り た まま に な つて ゐ まし た 。 
「 お母さん 、 いま 歸 つ た よ 。 工合 惡 く なかつ た の 。 」 ジヨバンニ は 靴 を ぬぎ ながら 云 ひ まし た 。 
「 ああ 、 ジヨバンニ 、 お 仕事 が ひど かつ たら う 。 今日 は 涼しく て ね 。 わたし はず うつ と 工合 が いい よ 。 」 
ジヨバンニ は 玄 關 を 上 つて 行き ます と ジヨバンニ の お母さん が すぐ 入口 の 室 に 白い 布 を 被 つて やすん で ゐ た の でし た 。 
ジヨバンニ は 窓 を あけ まし た 。 
「 お母さん 、 今日 は 角砂糖 を 買 つ て き た よ 。 牛乳 に 入れ て あげよ う と 思 つて 。 」 
「 ああ 、 お前 さき に お あがり 。 あたし は まだ ほしく ない ん だ から 。 」 
「 お母さん 。 姉さん は い つ 歸 つたの 。 」 
「 ああ 、 三 時 ごろ 歸 つ た よ 。 みんな そこら を し て くれ て ね 。 」 
「 お母さん の 牛乳 は 來 て ゐ ない ん だら う か 。 」 
「 來 なかつ たら う か ねえ 。 」 
「 ぼく 行 つて と つて 來 よう 。 」 
「 ああ あたし は ゆ つくり で いい ん だ から お前 さき に お あがり 。 姉さん が ね 、 トマト で 何 か こし ら へ て そこ へ 置い て 行 つ た よ 。 」 
「 では ぼく たべよ う 。 」 
ジヨバンニ は 窓 の ところ から トマト の 皿 を とつ て パン と いつ しよ に しばらく むし や むし や たべ まし た 。 
「 ねえ お母さん 。 ぼく お父さん は き つ と 間もなく 歸 つて くる と 思ふ よ 。 」 
「 ああ あたし も さ う 思ふ 。 けれども お ま へ は どうして さ う 思ふ の 。 」 
「 だ つて 今朝 の 新聞 に 今年 は 北の方 の 漁 は 大 へん よ かつ た と 書い て あつ た よ 。 」 
「 あつ た けど ねえ 、 お父さん は 漁 へ 出 て ゐ ない かも しれ ない 。 」 
「 きつ と 出 て ゐる よ 。 お父さん が 監獄 へ 入る やう な そんな 惡 い こと を し た 筈 が ない ん だ 。 この 前 お父さん が 持つ て き て 學 校 に 寄贈 し た 巨 き な 蟹 の 甲 ら だの 馴鹿 の 角 だの 、 今 だ つ て みんな 標本 室 に ある ん だ 。 六 年生 なんか 、 授業 の とき 先生 が か はる が はる 教室 へ 持つ て 行く よ 。 」 
「 お父さん は この 次 は お ま へ に ラツコ の 上着 を もつ て くる と い つ た ねえ 。 」 
「 みんな が ぼく に あ ふと それ を 云 ふよ 。 ひやかす よう に 云 ふん だ 。 」 
「 お ま へ に 惡口 を 云う の ？ 」 
「 うん 、 けれども カムパネルラ なんか 決して 云 は ない 。 カムパネルラ は みんな が そんな こと を 云 ふとき は 氣 の 毒 さ うに し て ゐる よ 。 」 
「 カムパネルラ の お父さん と うち の お父さん と は ちやう ど お ま へ たち の やう に 、 小さい とき から お 友達 だ つ たさ う だ よ 。 」 
「 ああ だから お父さん は ぼく を つれ て カムパネルラ の うち へ もつれ て 行 つ た よ 。 あの ころ は よ かつ た なあ 。 ぼく は 學 校 から 歸 る 途中 たびたび カムパネルラ の うち に 寄 つた 。 カムパネルラ の うち に は アルコールラムプ で 走る 汽車 が あつ た ん だ 。 レール を 七つ 組み合せる と 圓 く なつ て それ に 電柱 や 信 號標 も つい て ゐ て 、 信 號標 の あかり は 汽車 が 通る とき だけ 青く なる やう に なつ て ゐ た ん だ 。 いつか アルコール が なく な つ た とき 石油 を つか つ たら 、 罐 が す つかり 煤け た よ 。 」 
「 さ う か ねえ 。 」 
「 いま も 毎朝 新聞 を ま はし に 行く よ 。 けれども いつ で も 家中 まだ し いん として ゐる から な 。 」 
「 早い から ねえ 。 」 
「 ザウエル といふ 犬 が ゐる よ 。 し つ ぽ が まるで 箒 の やう だ 。 ぼく が 行く と 鼻 を 鳴らし て つい て くる よ 。 ず うつ と 町 の 角 まで つい て くる 。 もつ と つい て くる こと も ある よ 。 今夜 は みんな で 烏瓜 の あかり を 川 へ ながし に 行く ん だ つて 。 きつ と 犬 も ついて行く よ 。 」 
「 さ う だ 。 今晩 は 銀河 の お祭 だ ねえ 。 」 
「 うん 。 ぼく 牛乳 を とり ながら 見 て くる よ 。 」 
「 ああ 行 つて おいで 。 川 へ は はいら ない で ね 。 」 
「 ああ ぼく 、 岸 から 見る だけ な ん だ 。 一 時間 で 行 つ て くる よ 。 」 
「 もつ と 遊ん で おいで 。 カムパネルラ さん と 一緒 なら 心配 は ない から 。 」 
「 ああ きつ と 一緒 だ よ 。 お母さん 、 窓 を しめ て 置か う か 。 」 
「 ああ 、 どう か 。 もう 涼しい から ね 。 」 
ジヨバンニ は 立つ て 窓 を しめ 、 お 皿 や パン の 袋 を 片 附ける と 勢 よく 靴 を はい て 、 
「 では 一 時間 半 で 歸 つ て くる よ 。 」 と 云 ひ ながら 暗い 戸口 を 出 まし た 。 
四 　 ケンタウル 祭 の 夜 
ジヨバンニ は 、 口笛 を 吹い て ゐる やう な さびしい 口 付き で 、 檜 の まつ 黒 に ならん だ 町 の 坂 を 下り て 來 た の でし た 。 
坂の下 に 大きな 一つ の 街 燈 が 、 青白く 立派 に 光 つて 立つ て ゐ まし た 。 ジヨバンニ が どんどん 電 燈 の 方 へ 下り て 行き ます と 、 いま まで ばけ もの の やう に 、 長く ぼんやり 、 うし ろ へ 引い て ゐ た ジヨバンニ の 影 ぼ ふし は 、 だんだん 濃く 黒く はつ きり な つて 、 足 を あげ たり 手 を 振 つ たり 、 ジヨバンニ の 横 の 方 へま は つて 來 る の でし た 。 
（ ぼく は 立派 な 機 關車 だ 。 ここ は 勾配 だ から 速い ぞ 。 ぼく は いま その 電 燈 を 通り越す 。 そう ら 、 こんど は ぼく の 影法師 は コム パス だ 。 あんなに くる つとま は つて 、 前 の 方 へ 來 た 。 ） 
と ジヨバンニ は 思ひ ながら 、 大股 に その 街 燈 の 下 を 通り過ぎ た とき 、 いきなり ひるま の ザネリ が 、 新しい えり の 尖 つ た シヤツ を 着 て 、 電 燈 の 向う側 の 暗い 小路 から 出 て 來 て 、 ひら つ と ジヨバンニ と すれ ち が ひ まし た 。 
「 ザネリ 、 烏瓜 ながし に 行く の 。 」 ジヨバンニ が まだ さ う 云 つ て しまは ない うち に 、 その 子 が 投げつける やう に うし ろ から 、 さけび まし た 。 
「 ジヨバンニ 、 お父さん から 、 ラツコ の 上着 が 來 る よ 。 」 
ジヨバンニ は 、 はつ と 胸 が つめたく なり 、 そこら 中 きい ん と 鳴る やう に 思ひ まし た 。 
「 何 ん だ 、 ザネリ 。 」 と ジヨバンニ は 高く 叫び 返し まし た が 、 もう ザネリ は 向う の ひ ば の 植 つた 家 の 中 へ は い つ て ゐ まし た 。 
（ ザネリ は どうして ぼく が なんにも し ない のに あんな こと を 云 ふ の だら う 。 走る とき は まるで 鼠 の やう な くせ に 。 ぼく が なんにも し ない のに あんな こと を 云 ふ の は ザネリ が ばか だ から だ 。 ） 
ジヨバンニ は 、 せ は しく いろいろ の こと を 考へ ながら 、 さまざま の 灯 や 木 の 枝 で 、 す つかり きれい に 飾ら れ た 街 を 通 つて 行き まし た 。 時計 屋 の 店 に は 明るく ネオン 燈 が つい て 、 一 秒 ごと に 石 で こ さ へ た ふく ろ ふ の 赤い 眼 が 、 くる つくる つ と うごい たり 、 いろいろ な 寶石 が 海 の やう な 色 を し た 厚い 硝子 の 盤 に 載 つ て 、 星 の やう に ゆ つくり めぐ つ たり 、 また 向う側 から 、 銅 の 人馬 が ゆ つくり こ つ ち へま は つて 來 たり する の でし た 。 その まん中 に 圓 い 黒い 星座 早見 が 青い アスパラガス の 葉 で 飾 つて あり まし た 。 
ジヨバンニ は われ を 忘れ て その 星座 の 圖 に 見入り まし た 。 
それ は ひる 學 校 で 見 た あの 圖 より はず うつ と 小さ かつ た の です が 、 その 日 の 時間 に 合せ て 盤 を ま はす と 、 その とき 出 て ゐる そ ら が そのまま 楕圓形 の なか に め ぐつてあらはれるやうになつて 居り 、 やはり その まん中 に は 上 から 下 へ かけ て 銀河 が ぼう と けむ つ た やう な 帶 に な つて 、 その 下 の 方 で は かすか に 爆發 し て 湯 氣 で も あげ て ゐる やう に 見える の でし た 。 また その うし ろ に は 三 本 の 脚 の つい た 小さな 望遠鏡 が 黄いろ に 光 つて 立つ て ゐ まし た し 、 いちばん うし ろ の 壁 に は 空 ぢ ゆう の 星座 を ふしぎ な 獸 や 蛇 や 魚 など の 形 に 書い た 大きな 圖 が か かつて ゐ まし た 。 ほん た うに こんな やう な 蝎 だの 勇士 だの そら に ぎつしり 居る だら う か 、 ああ ぼく は その 中 を どこ まで も 歩い て 見 たい と 思 つ たり し て しばらく ぼんやり 立つ て 居 まし た 。 
それから 俄 か に お母さん の 牛乳 の こと を 思ひ だし て ジヨバンニ は その 店 を はなれ まし た 。 
そして き ゆう くつ な 上着 の 肩 を 氣 に し ながら 、 それでも わざと 胸 を 張り 、 大きく 手 を 振 つて 町 を 通 つて 行き まし た 。 
空 氣 は 澄み き つて 、 まるで 水 の やう に 通り や 店 の 中 を 流れ まし た し 、 街 燈 は みな まつ 青 な もみ や 楢 の 枝 で 包ま れ 、 電 氣會社 の 前 の 六 本 の プラタナス の 木 など は 、 中 に 澤山 の 豆 電 燈 が つい て 、 ほん た うに そこら は 人魚 の 都 の やう に 見える の でし た 。 子ども ら は 、 みんな 新 らしい 折 の つい た 着物 を 着 て 、 星 めぐり の 口笛 を 吹い たり 、 「 ケンタウルス 、 露 を ふらせ 。 」 と 叫ん で 走 つ たり 、 青い マグネシヤ の 花火 を 燃し たり し て 、 たのし さ う に 遊ん で ゐる の でし た 。 けれども ジヨバンニ は 、 いつか また 深く 首 を 垂れ て 、 そこら のに ぎやかさとはまるでちがつたことを 考へ ながら 牛乳 屋 の 方 へ 急ぐ の でし た 。 
ジヨバンニ は 、 いつか 町 は づれの ポプラ の 木 が 幾 本 も 幾 本 も 、 高く 星 ぞ ら に 浮かん で ゐる ところ に 來 て ゐ まし た 。 その 牛乳 屋 の 黒い 門 を 入り 、 牛 の 匂 の する うすぐらい 臺所 の 前 に 立つ て 、 ジヨバンニ は 帽子 を ぬい で 「 今晩 は 」 と 云 ひ まし たら 、 家 の 中 は しいんと し て 誰 も 居 た やう で は あり ませ ん でし た 。 
「 今晩 は 、 ごめんなさい 。 」 ジヨバンニ は まつ すぐ に 立つ て また 叫び まし た 。 すると しばらく たつ て から 、 年 老 つた 女 の 人 が 、 どこ か 工合 が 惡 い やう に そろそろ と 出 て 來 て 何 か 口 の 中 で 云 ひ まし た 。 
「 あの 、 今日 、 牛乳 が 僕 ん とこ へ 來 なかつ た ので 、 貰 ひ にあが つ た ん です 。 」 ジヨバンニ が 一生けん命 勢 ひよく 云 ひ まし た 。 
「 いま 誰 も ゐ ない で わかり ませ ん 。 あした に し て 下さい 。 」 その 人 は 赤い 眼 の 下 の ところ を 擦り ながら 、 ジヨバンニ を 見おろし て 云 ひ まし た 。 
「 お つかさ ん が 病 氣 な ん です から 今晩 で ない と 困る ん です 。 」 
「 では もう少し たつ て から 來 て ください 。 」 その 人 は もう 行 つ て しまひ さ う でし た 。 
「 さ う です か 。 では ありがたう 。 」 ジヨバンニ は 、 お 辭儀 を し て 臺所 から 出 まし た 。 けれども なぜ か 泪 が い つ ぱいに 湧き まし た 。 
（ ぼく は 早く 歸 つて お つかさ ん に あの 時計 屋 の ふく ろ ふ の 飾り の こと や 星座 早見 の こと を お話 しよ う 。 ） ジヨバンニ は せ は しく こんな こと を 考へ ながら 、 十字 に な つた 町 の か ど を まがら う と し まし たら 、 向う の 橋 へ 行く 方 の 雜貨店 の 前 で 、 黒い 影 や ぼんやり し た 白い シヤツ が 入り 亂 れ て 、 六 七 人 の 生徒 ら が 口笛 を 吹い たり 笑 つ たり し て 、 めいめい 烏瓜 の 燈火 を 持つ て やつ て 來 る の を 見 まし た 。 その 笑 ひ 聲 も 口笛 も みんな 聞き おぼえ の ある もの でし た 。 ジヨバンニ の 同級 の 子供 ら だ つたの です 。 ジヨバンニ は 思は ず どき つ として 戻ら う と し まし た が 、 思ひ 直し て 一 そう 勢 ひよく そつ ち へ 歩い て 行き まし た 。 
「 川 へ 行く の 。 」 ジヨバンニ が 云 はう として 、 少し のど が つま つ た やう に 思 つ た とき 、 
「 ジヨバンニ 、 ラツコ の 上着 が 來 る よ 。 」 さつき の ザネリ が また 叫び まし た 。 
「 ジヨバンニ 、 ラツコ の 上着 が 來 る よ 。 」 すぐ みんな が 、 續 い て 叫び まし た 。 ジヨバンニ は まつ 赤 に な つて 、 もう 歩い て ゐる の かも よく わから ず 、 急い で 行き すぎよ う と し まし たら 、 その なか に カムパネルラ が 居 た の です 。 カムパネルラ は 氣 の 毒 さ うに 、 だま つて 少し わら つて 、 怒ら ない だら う か といふ やう に ジヨバンニ の 方 を 見 て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は 、 遁 げ る やう に その 眼 を 避け 、 そして カムパネルラ の せい の 高い かたち が 過ぎ て 行 つて 間 も なく 、 みんな は てんでに 口笛 を 吹き まし た 。 町 か ど を 曲る とき 、 ふり か へ つて 見 まし たら 、 ザネリ が やはり ふり か へ つて 見 て ゐ まし た 。 そして カムパネルラ も また 、 高く 口笛 を 吹い て 、 向う に ぼんやり 見え て ゐる 橋 の 方 へ 歩い て 行 つて しま つたの でし た 。 ジヨバンニ は なんとも 云 へ ず さ びしくなつて 、 いきなり 走り出し まし た 。 すると 耳 に 手 を あて て 、 わあ あと 云 ひ ながら 片足 で ぴよんぴよん 跳ん で ゐ た 小さな 子供 ら は 、 ジヨバンニ が 面白く て かける の だ と 思 つて 、 わあ いと 叫び まし た 。 
どんどん ジヨバンニ は 走り まし た 。 
けれども ジヨバンニ は 、 まつ すぐ に 坂 を の ぼつ て 、 お つかさ ん の 家 へ は 歸 ら ない で 、 ちやう ど その 北の方 の 町 は づれへ 走 つて 行 つたの です 。 そこ に は 、 河原 の ぼう つと 白く 見える 小さな 川 が あつ て 、 細い 鐵 の 欄干 の つい た 橋 が か かつて ゐ まし た 。 
（ ぼく は どこ へ も あそび に 行く とこ が ない 。 ぼく は みんな から 、 まるで 狐 の やう に 見える ん だ 。 ） 
ジヨバンニ は 橋 の 上 で と まつ て 、 ちよ つと の 間 、 せ は しい 息 でき れ ぎれに 口笛 を 吹き ながら 泣き 出し たい の を ごまかし て 立つ て ゐ まし た が 、 に はか に ま たち から い つ ぱい 走り だし て 、 黒い 丘 の 方 へ いそぎ まし た 。 
五 　 天 氣輪 の 柱 
牧場 の うし ろ は ゆるい 丘 に な つて 、 その 黒い 平ら な 頂上 は 、 北 の 大熊 星 の 下 に 、 ぼんやり ふだん より も 低く 連 つて 見え まし た 。 
ジヨバンニ は 、 もう 露 の 降り か かつ た 小さな 林 の こ みち を どんどん の ぼつ て 行き まし た 。 ま つくら な 草 や 、 いろいろ な 形 に 見える やぶ の しげみ の 間 を 、 その 小さな みち が 、 一すじ 白く 星あかり に 照らし ださ れ て あつ た の です 。 草 の 中 に は 、 ぴかぴか 青 びかりを 出す 小さな 蟲 も ゐ て 、 ある 葉 は 青く すかし 出さ れ 、 ジヨバンニ は 、 さつき みんな の 持つ て 行 つた 烏瓜 の あかり の やう だ と も 思ひ まし た 。 
その まつ 黒 な 、 松 や 楢 の 林 を 越える と 、 俄 か に がらんと 空 が ひらけ て 、 天の川 が しらじら と 南 から 北 へ 亙 つ て ゐる の が 見え 、 また 頂 の 、 天 氣輪 の 柱 も 見 わけ られ た の でし た 。 つり が ね さ う か 野 ぎく か の 花 が 、 そこら いち めん に 、 夢 の 中 から で も 薫り だし た といふ やう に 咲き 、 鳥 が 一疋 、 丘 の 上 を 鳴き 續 け ながら 通 つて 行き まし た 。 
ジヨバンニ は 、 頂 の 天 氣輪 の 柱 の 下 に 來 て 、 どかどか する から だ を 、 つめたい 草 に 投げ まし た 。 
町 の 灯 は 、 暗 の 中 を まるで 海 の 底 の お宮 の けしき の やう に ともり 、 子供 ら の 歌 ふ 聲 や 口笛 、 きれ ぎれの 叫び 聲 も かすか に 聞え て 來 る の でし た 。 風 が 遠く で 鳴り 、 丘 の 草 も しづか に そよぎ 、 ジヨバンニ の 汗 で ぬれ た シヤツ も つめたく 冷やさ れ まし た 。 
ジヨバンニ は ぢ つと 天の川 を 見 ながら 考へ まし た 。 
（ ぼく は もう 、 遠く へ 行 つ て しまひ たい 。 みんな から は なれ て 、 どこ まで も どこ まで も 行 つ て しまひ たい 。 それでも もしも カムパネルラ が 、 ぼく と いつ しよ に 來 て くれ たら 、 そして 二 人 で 、 野原 や さまざま の 家 を スケツチ し ながら 、 どこ まで も どこ まで も 行く の なら 、 どんなに いい だら う 。 カムパネルラ は 決して ぼく を 怒 つ て ゐ ない の だ 。 そして ぼく は 、 どんなに 友だち が ほしい だら う 。 ぼく は もう 、 カムパネルラ が 、 ほん た うに ぼく の 友だち に な つて 、 決して うそ を つか ない なら 、 ぼく は 命 でも や つて も いい 。 けれども さ う 云 はう と 思 つて も 、 いま は ぼく は それ を カムパネルラ に 云 へ なく な つて し まつ た 。 一緒 に 遊ぶ ひま だ つて ない ん だ 。 ぼく は もう 、 空 の 遠く の 遠く の 方 へ 、 たつ た 一 人 で 飛ん で 行 つ て しまひ たい 。 ） 
ジヨバンニ は 町 の は づれから 遠く 黒く ひろ が つた 野原 を 見 わたし まし た 。 そこ から 汽車 の 音 が 聞え て き まし た 。 その 小さな 列車 の 窓 は 一 列 小さく 赤く 見え 、 その 中 に は たくさん の 旅人 が 、 苹果 を 剥い たり 、 わら つ たり 、 いろいろ な 風 に し て ゐる と 考へ ます と 、 ジヨバンニ は 、 もう 何とも 云 へ ず かなしく な つて 、 また 眼 を そら に あげ まし た 。 … … （ 次 の 原稿 幾 枚 か なし ） … … 
ジヨバンニ は 眼 を ひらき まし た 。 もと の 丘 の 草 の 中 に つかれ て ねむ つて ゐ た の でし た 。 胸 は 何だか を かしく 熱り 、 頬 に は つめたい 涙 が ながれ て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は 、 ばね の やう に はね 起き まし た 。 町 は す つかり さ つき の 通り に 下 で たくさん の 灯 を 綴 つて は ゐ まし た が 、 その 光 は なんだか さつき より は 熱し た という 風 でし た 。 
そして たつ た いま 夢 で あるい た 天の川 も やつ ぱりさつきの 通り に 白く ぼんやり かかり 、 まつ 黒 な 南 の 地平線 の 上 で は 殊に けむ つたや うに な つて 、 その 右 に は 蝎座 の 赤い 星 が うつくしく きらめき 、 そこら ぜんたい の 位置 は そんなに 變 つて も ゐ ない やう でし た 。 
ジヨバンニ は 一 さん に 丘 を 走 つて 下り まし た 。 まだ 夕ごはん を たべ ない で 待つ て ゐる お母さん の こと が 、 胸 い つ ぱいに 思ひ ださ れ た の です 。 どんどん 黒い 松 の 林 の 中 を 通 つて 、 それから ほ の 白い 牧場 の 柵 を ま はつ て 、 さつき の 入口 から 暗い 牛 舍 の 前 へ また 來 まし た 。 
そこ に は 誰 か が いま 歸 つ たらしく 、 さ つき なかつ た 一つ の 車 が 、 何 か の 樽 を 二つ 乘 つけ て 置い て あり まし た 。 
「 今晩 は 。 」 ジヨバンニ は 叫び まし た 。 
「 はい 。 」 白い 太い ず ぼん を はい た 人 が すぐ 出 て 來 て 立ち まし た 。 
「 何 の ご用 です か 。 」 
「 今日 牛乳 が ぼく の ところ へ 來 なかつ た の です が 。 」 
「 あ 、 濟 み ませ ん でし た 。 」 その 人 は すぐ 奧 へ 行 つて 、 一 本 の 牛乳 瓶 を もつ て 來 て 、 ジヨバンニ に 渡し ながら 、 また 云 ひ まし た 。 
「 ほん た うに 濟 み ませ ん でし た 。 今日 は ひる すぎ 、 うつ かり し てこ うし の 柵 を あけ て 置い た もん です から 、 大 將早速 親 牛 の ところ へ 行 つて 半分 ばかり 呑ん で しまひ まし て ね … … 。 」 その 人 は わら ひ まし た 。 
「 さ う です か 。 で は いただい て 行き ます 。 」 
「 ええ 、 どうも 濟 み ませ ん でし た 。 」 
「 いいえ 。 」 ジヨバンニ は まだ 熱い 乳 の 瓶 を 兩方 の て の ひ ら で 包む やう に もつ て 牧場 の 柵 を 出 まし た 。 
そして しばらく 木 の ある 町 を 通 つて 、 大通り へ 出 て また しばらく 行き ます と みち は 十文字 に な つて 、 右手 の 方 に 、 さつき カムパネルラ たち の あかり を 流し に 行 つた 川 通り の は づれに 大きな 橋 の や ぐらが 夜 の そら に ぼんやり 立つ て ゐ まし た 。 
ところが その 十文字 に な つた 町 か ど や 店 の 前 に 女 たち が 七 八 人 位 づつあつまつて 橋 の 方 を 見 ながら 何 か ひそひそ 話し て ゐる の です 。 それから 橋 の 上 に も いろいろ な あかり が い つ ぱいなのでした 。 
ジヨバンニ は なぜ か さ あ つと 胸 が 冷たく な つ た やう に 思ひ まし た 。 そして いきなり 近く の 人 たち へ 、 
「 何 か あつ た ん です か 。 」 と 叫ぶ やう に きき まし た 。 
「 こども が 水 へ 落ち た ん です よ 。 」 一 人 が 云 ひ ます と 、 その 人 たち は 一 齊 に ジヨバンニ の 方 を 見 まし た 。 
ジヨバンニ は まるで 夢中 で 橋 の 方 へ 走り まし た 。 
橋 の 上 は 人 で い つ ぱいで 河 が 見え ませ ん でし た 。 
白い 服 を 着 た 巡査 も 出 て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は 橋 の 袂 から 飛ぶ やう に 下 の 廣 い 河原 へ おり まし た 。 
その 河原 の 水際 に 沿 つて たくさん の あかり がせ は しく の ぼつ たり 下 つ たり し て ゐ まし た 。 向う岸 の 暗い ど て に も 灯 が 七つ 八つ うごい て ゐ まし た 。 その まん中 を 、 もう 烏瓜 の あかり も ない 川 が 、 わ づか に 音 を 立て て 灰 いろ に 、 しづか に 流れ て ゐ た の でし た 。 
河原 の いちばん 下流 の 方 へ 、 洲 の やう に なつ て 出 た ところ に 人 の 集り が くつ きり 、 まつ 黒 に 立つ て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は どんどん そつ ち へ 走り まし た 。 すると ジヨバンニ は いきなり さつき カムパネルラ と いつ しよ だ つた マルソ に 會 ひ まし た 。 マルソ が ジヨバンニ に 走り 寄 つて 云 ひ まし た 。 
「 ジヨバンニ 、 カムパネルラ が 川 へ は い つ た よ 。 」 
「 どうして 、 い つ 。 」 
「 ザネリ が ね 。 舟 の 上 から 烏瓜 の あかり を 水 の 流れる 方 へ 押し て やら う と し た ん だ 。 その とき 舟 が ゆれ た もん だ から 水 へ 落つ こちた 。 すると カムパネルラ が すぐ 飛びこん だ ん だ 。 そして ザネリ を 舟 の 方 へ 押し て よこし た 。 ザネリ は カトウ に つかま つ た 。 けれども あと カムパネルラ が 見え ない ん だ 。 」 
「 みんな 探し てる ん だら う 。 」 
「 ああ 、 すぐ みんな 來 た 。 カムパネルラ の お父さん も 來 た 。 けれども 見つから ない ん だ 。 ザネリ は うち へ 連れ られ て つ た 。 」 
ジヨバンニ は みんな の 居る そつ ちの 方 へ 行き まし た 。 學 生 たち や 町 の 人 たち に 圍 まれ て 、 青じろい 尖 つ た あご を し た カムパネルラ の お父さん が 、 黒い 服 を 着 て まつ すぐ に 立つ て 、 右手 に 時計 を 持つ て 、 ぢ つと 見つめ て ゐ た の です 。 
みんな も ぢ つと 河 を 見 て ゐ まし た 。 誰 も 一言 も 物 を 云 ふ 人 も あり ませ ん でし た 。 ジヨバンニ は わくわく わくわく 足 が ふるへ まし た 。 魚 を とる とき の アセチレン ランプ が たくさん せ は しく 行 つ たり 來 たり し て 、 黒い 川 の 水 は ちらちら 小さな 波 を たて て 流れ て ゐる の が 見える の でし た 。 
下流 の 方 の 川 は ば 一ぱい 銀河 が 巨 きく 寫 つて 、 まるで 水 の ない そのまま の そら の やう に 見え まし た 。 
ジヨバンニ は 、 その カムパネルラ は もう あの 銀河 の は づれにしかゐないといふやうな 氣 が し て しかた なかつ た の です 。 
けれども みんな は まだ どこ か の 波 の 間 から 、 
「 ぼく ず ゐ ぶん 泳い だ ぞ 。 」 と 云 ひ ながら カムパネルラ が 出 て 來 る か 、 或 ひ は カムパネルラ が どこ か の 人 の 知ら ない 洲 に でも 着い て 立つ て ゐ て 、 誰 か の 來 る の を 待つ て ゐる か といふ やう な 氣 が し て 仕方 ない らしい の でし た 。 
けれども 俄 か に カムパネルラ の お父さん が きつ ぱり 云 ひ まし た 。 
「 もう 駄目 です 。 墜ち て から 四 十 五 分 たち まし た から 。 」 
ジヨバンニ は 思は ず かけよ つ て 、 博士 の 前 に 立つ て 、 ぼく は カムパネルラ の 行 つた 方 を 知 つて ゐ ます 。 ぼく は カムパネルラ と いつ しよ に 歩い て ゐ た の です 。 と 云 は う と し まし た が 、 もう のど が つま つ て 何とも 云 へ ませ ん でし た 。 
すると 博士 は ジヨバンニ が 挨拶 に 來 た と でも 思 つ た もの です か 、 しばらく しげしげと ジヨバンニ を 見 て ゐ まし た が 、 
「 あなた は ジヨバンニ さん でし た ね 。 どうも 今晩 は ありがたう 。 」 と 叮 ねい に 云 ひ まし た 。 
ジヨバンニ は 何 も 云 へ ず に ただ おじぎ を し まし た 。 
「 あなた の お父さん は もう 歸 つて ゐ ます か 。 」 博士 は 堅く 時計 を 握 つ た まま 、 また 聞き まし た 。 
「 いいえ 。 」 ジヨバンニ は かすか に 頭 を ふり まし た 。 
「 どう し た の か なあ 、 ぼく に は 一昨日 大 へん 元 氣 な 便り が あつ た ん だ が 。 今日 あたり もう 着く ころ な ん だ が 船 が 遲 れ た ん だ な 。 ジヨバンニ さん 。 あした 放課後 みなさん と うち へ 遊び に 來 て ください ね 。 」 さ う 云 ひ ながら 博士 は また 、 川下 の 銀河 の いつ ぱいにうつつた 方 へ 、 ぢ つと 眼 を 送り まし た 。 
ジヨバンニ は もう いろいろ な こと で 胸 が い つ ぱいで 、 なんにも 云 へ ず に 、 博士 の 前 を はなれ まし た が 、 早く お母さん に お父さん の 歸 る こと を 知らせよ う と 思ふ と 、 牛乳 を 持つ た まま 、 もう 一目散 に 河原 を 街 の 方 へ 走り まし た 。 
けれども また その 中 に ジヨバンニ の 目 に は 涙 が 一 杯 に な つて 來 まし た 。 
街 燈 や 飾り窓 や 色々 の あかり が ぼんやり と 夢 の やう に 見える だけ に な つて 、 い つ たいじ ぶん が どこ を 走 つ て ゐる の か 、 どこ へ 行く の か すら わから なく な つて 走り 續 け まし た 。 
そして いつか ひとりでに さつき の 牧場 の うし ろ を 通 つて 、 また 丘 の 頂 に 來 て 天 氣輪 の 柱 や 天の川 を うるん だ 目 で ぼんやり 見つめ ながら 坐 つ て しまひ まし た 。 
汽車 の 音 が 遠く から きこえ て 來 て 、 だんだん 高く なり また 低く な つて 行き まし た 。 
その 音 を きい て ゐる うち に 、 汽車 と 同じ 調子 の セロ の やう な 聲 で たれ か が 歌 つて ゐる やう な 氣持 ち が し て き まし た 。 
それ は なつかしい 星 めぐり の 歌 を 、 くり か へ し くり か へ し 歌 つて ゐる に ち が ひ あり ませ ん でし た 。 
ジヨバンニ は それ に うつ とり きき 入 つて を り まし た 。 
六 　 銀河 ステーシヨン 
そして ジヨバンニ は すぐ うし ろ の 天 氣輪 の 柱 が いつか ぼんやり し た 三角 標 の 形 に な つて 、 しばらく 螢 の やう に 、 ぺかぺか 消え たり と もつ たり し て ゐる の を 見 まし た 。 それ は だんだん はつ きり し て 、 とうとう りん と うごか ない やう に なり 、 濃い 鋼 青 の そら に たち まし た 。 いま 新 らしく 灼い た ばかり の 青い 鋼 の 板 の やう な 、 そら の 野原 に 、 まつ すぐ に すき つ と 立つ た の です 。 
すると どこ か で ふしぎ な 聲 が 、 銀河 ステーシヨン 、 銀河 ステーシヨン と 云 つ た か と 思ふ と 、 いきなり 眼 の 前 が 、 ぱつと 明るく な つて 億 萬 の 螢 烏賊 の 火 を 一 ぺん に 化石 さ せ て 、 そら 中 に 沈め た といふ 工合 。 また ダイアモンド 會社 で 、 ねだん が やすく なら ない ため に 、 わざと 穫 れ ない ふり を し て かくし て おい た 金剛石 を 、 誰か が いきなり ひつ くり か へ し て ばら 撒い た といふ 風 に 、 眼 の 前 が さあ つと 明るく な つて 、 ジヨバンニ は 思は ず 何 べ ん も 眼 を 擦 つ て しまひ まし た 。 
氣 が つい て みる と 、 さつき から 、 ごと ごと ごと ごと 、 ジヨバンニ の 乘 つて ゐる 小さな 列車 が 走り つづけ て ゐ た の でし た 。 ほん た うに ジヨバンニ は 、 夜 の 輕便鐵 道 の 、 小さな 黄いろ の 電 燈 の ならん だ 車 室 に 、 窓 から 外 を 見 ながら 坐 つて ゐ た の です 。 車 室 の 中 は 、 青い 天鵞絨 を 張 つた 腰掛け が 、 まるで がら あき で 、 向う の 鼠 いろ の ワニス を 塗 つた 壁 に は 、 眞 鍮 の 大きな ぼ たん が 二つ 光 つて ゐる の でし た 。 
すぐ 前 の 席 に 、 ぬれ た やう に まつ 黒 な 上着 を 着 た せい の 高い 子供 が 、 窓 から 頭 を 出し て 外 を 見 て ゐる のに 氣 が 付き まし た 。 そして その こども の 肩 の あたり が 、 どうも 見 た こと の ある やう な 氣 が し て 、 さ う 思ふ と 、 もう どうしても 誰 だ か わかり たく つて たまらなく なり まし た 。 
いきなり こ つ ち も 窓 から 顏 を 出さ う と し た とき 、 俄 か に その 子供 が 頭 を 引つ 込め て 、 こ つ ち を 見 まし た 。 
それ は カムパネルラ だ つたの です 。 ジヨバンニ が 、 
「 カムパネルラ 、 きみ は 前 から ここ に 居 た の 。 」 と 云 はう と 思 つ た とき 、 カムパネルラ が 、 
「 みんな はね 、 ず ゐ ぶん 走 つ た けれども 遲 れ て し まつ た よ 。 ザネリ も ね 、 ず ゐ ぶん 走 つ た けれども 追 ひつ か なかつ た 。 」 と 云 ひ まし た 。 
ジヨバンニ は （ さ うだ 、 ぼく たち は いま 、 いつ しよ に さそ つ て 出掛け た の だ 。 ） とお も ひ ながら 、 
「 どこ か で 待つ て ゐよ う か 。 」 と 云 ひ まし た 。 
すると カムパネルラ は 
「 ザネリ は もう 歸 つ た よ 。 お父さん が 迎 ひ に き た ん だ 。 」 
カムパネルラ は 、 なぜ かさ う 云 ひ ながら 、 少し 顏 いろ が 青ざめ て 、 どこ か 苦しい といふ ふう でし た 。 すると ジヨバンニ も 、 なんだか どこ か に 、 何 か 忘れ た もの が ある といふ やう な 、 を かし な 氣持 ち が し て だ まつ て しまひ まし た 。 
ところが カムパネルラ は 、 窓 から 外 を のぞき ながら 、 もうす つかり 元 氣 が 直 つて 、 勢 よく 云 ひ まし た 。 
「 ああ し まつ た 。 ぼく 、 水筒 を 忘れ て き た 。 スケツチ 帳 も 忘れ て き た 。 けれど 構 は ない 。 もう ぢ き 白鳥 の 停車場 だ から 。 ぼく 白鳥 を 見る なら 、 ほん た うに すき だ 。 川 の 遠く を 飛ん で ゐ たつ て 、 ぼく は き つ と 見える 。 」 
そして 、 カムパネルラ は 、 圓 い 板 の やう に な つた 地 圖 を 、 しきりに ぐるぐる ま は し て 見 て ゐ まし た 。 
まつ たく 、 その 中 に 、 白く あら は さ れ た 天の川 の 左 の 岸 に 沿 つて 一條 の 鐵 道 線路 が 、 南 へ 南 へ と た ど つて 行く の でし た 。 
そして その 地 圖 の 立派 な こと は 、 夜 の やう に まつ 黒 な 盤 の 上 に 、 一々 の 停車場 の 三角 標 、 泉水 や 森 が 、 青 や 橙 や 緑 や 、 うつくしい 光 で ちりばめ られ て あり まし た 。 
ジヨバンニ は なんだか その 地 圖 を どこ か で 見 た やう に お も ひ まし た 。 
「 この 地 圖 は どこ で 買 つたの 。 黒曜石 で でき てる ねえ 。 」 ジヨバンニ が 云 ひ まし た 。 
「 銀河 ステーシヨン で 、 もら つ た ん だ 。 君 も ら は なかつ た の 。 」 
「 ああ 、 ぼく 銀河 ステーシヨン を 通 つ たら う か 。 いま ぼく たち の 居る とこ 、 ここ だら う 。 」 
ジヨバンニ は 、 白鳥 と 書い て ある 停車場 の しるし の 、 すぐ 北 を 指し まし た 。 
「 さ う だ 。 おや 、 あの 河原 は 月夜 だら う か 。 」 
そつ ち を 見 ます と 、 青白く 光る 銀河 の 岸 に 、 銀 いろ の 空 の すすき が 、 もう まるで いち めん 、 風 に さらさら さらさら 、 ゆら れ て うごい て 、 波 を 立て て いる の でし た 。 
「 月夜 で ない よ 。 銀河 だ から 光る ん だ よ 。 」 ジヨバンニ は 云 ひ ながら 、 まるで はね 上り た いくら ゐ 愉快 に なつ て 、 足 を こつこつ 鳴らし 、 窓 から 顏 を 出し て 、 高く 高く 星 めぐり の 口笛 を 吹き ながら 、 一生けん命 延 びあがつて 、 その 天の川 の 水 を 、 見 き はめよ う と し まし た が 、 はじめ は どうしても それ が はつ きり し ませ ん でし た 。 
けれども だんだん 氣 を つけ て 見る と 、 その きれい な 水 は 、 ガラス より も 水素 より も すき と ほ つ て 、 ときどき 眼 の 加減 か 、 ちらちら 紫いろ の こまか な 波 を たて たり 、 虹 の やう に ぎらつと 光 つ たり し ながら 、 聲 も なく どんどん 流れ て 行き 、 野原 に は あつ ち に も こ つ ち に も 、 燐光 の 三角 標 が 、 うつくしく 立つ て ゐ た の です 。 遠い もの は 小さく 、 近い もの は 大きく 、 遠い もの は 橙 や 黄いろ で は つき り し 、 近い もの は 青白く 少し かすん で 、 或 ひ は 三角形 、 或 ひ は 四 邊形 、 ある ひ は 雷 や 鎖 の 形 、 さまざま に ならん で 、 野原 い つ ぱい 光 つて ゐる の でし た 。 ジヨバンニ は 、 まるで どきどき し て 、 頭 を やけに 振り まし た 。 すると ほん た うに 、 その きれい な 野原 中 の 青 や 橙 や 、 いろいろ かがやく 三角 標 も 、 てんでに 息 を つく よう に ちらちら ゆれ たり 顫 へ たり し まし た 。 
「 ぼく は もう 、 す つかり 天 の 野原 に 來 た 。 」 
ジヨバンニ は 云 ひ まし た 。 
「 それに 、 この 汽車 石炭 を たい て ゐ ない ねえ 。 」 
ジヨバンニ が 左手 を つき 出し て 窓 から 前 の 方 を 見 ながら 云 ひ まし た 。 
「 アルコール か 電 氣 だら う 。 」 カムパネルラ が 云 ひ まし た 。 
すると ちやう ど 、 それ に 返事 を する やう に 、 どこ か 遠く の 遠く のも や の 中 から 、 セロ の やう なご う ごうし た 聲 が きこえ て 來 まし た 。 
「 ここ の 汽車 は 、 ステイーム や 電 氣 で うごい て ゐ ない 。 ただ うごく やう に き まつ て ゐる から うごい て ゐる の だ 。 ごと ごと 音 を たて て ゐる と 、 さ う お ま へ たち は 思 つて ゐる けれども 、 それ は いま まで 音 を たてる 汽車 に ばかり なれ て ゐる ため な の だ 。 」 
「 あの 聲 、 ぼく な ん べ ん も どこ か で きい た 。 」 
「 ぼく だ つて 、 林 の 中 や 川 で 、 何 べ ん も 聞い た 。 」 
ごと ごと ごと ごと 、 その 小さな きれい な 汽車 は 、 そら の すすき の 風 に ひる が へる 中 を 、 天の川 の 水 や 、 三角 標 の 青じろい 微光 の 中 を 、 どこ まで も どこ まで も 走 つて 行く の でし た 。 
「 ああ りん だ うの花 が 咲い て ゐる 。 もうす つかり 秋 だ ねえ 。 」 カムパネルラ が 窓 の 外 を 指さし て 云 ひ まし た 。 
線路 の へり に なつ た みじかい 芝草 の 中 に 、 月 長石 で でも 刻ま れ た やう な 、 すばらしい 紫 の りん だ うの花 が 咲い て ゐ まし た 。 
「 ぼく 、 飛び下り て 、 あいつ を とつ て 、 また 飛び 乘 つ て みせよ う か 。 」 ジヨバンニ は 胸 を 躍ら せ て 云 ひ まし た 。 
「 もう だめ だ 。 あんなに うし ろ へ 行 つて し まつ た から 。 」 
カムパネルラ が 、 さ う 云 つ て しまふ か しまは ない うち に 次 の りん だ うの花 が い つ ぱいに 光 つて 過ぎ て 行き まし た 。 
と 思 つ たら 、 もう 次 から 次 から 、 たくさん の きいろ な 底 を もつ たり ん だ うの花 の コツプ が 、 湧く やう に 、 雨 の やう に 、 眼 の 前 を 通り 、 三角 標 の 列 は 、 けむる やう に 燃える やう に 、 いよいよ 光 つて 立つ た の です 。 
七 　 北 十字 と プリオシン 海岸 
「 お つかさ ん は 、 ぼく を ゆるし て 下さる だら う か 。 」 
いきなり 、 カムパネルラ が 、 思ひ 切 つ た といふ やう に 、 少し どもり ながら 、 急 きこん で 云 ひ まし た 。 
ジヨバンニ は 、 
（ ああ 、 そう だ 、 ぼく の お つかさ ん は 、 あの 遠い 、 一つ の ちり の やう に 見える 橙 いろ の 三角 標 の あたり に いら つ し やつ て 、 いま ぼく の こと を 考へ て ゐる ん だ つ た 。 ） と 思ひ ながら ぼんやり し て 、 だま つて ゐ まし た 。 
「 ぼく は お つかさ ん が 、 ほん た うに 幸 ひ に なる なら 、 どんな こと でも する 。 けれども い つ たい どんな こと が 、 お つかさ ん の いちばん の 幸 ひな ん だら う 。 」 
カムパネルラ は 、 なんだか 泣き だし たい の を 、 一生けん命 こら へ て ゐる やう でし た 。 
「 きみ の お つかさ ん は 、 なんにも ひどい こと ない ぢ や ない の 。 」 ジヨバンニ は びつくり し て 叫び まし た 。 
「 ぼく わから ない 。 けれども 、 誰 だ つて 、 ほん た うに いい こと を し たら 、 いちばん 幸 ひな ん だ ね 。 だから 、 お つかさ ん は 、 ぼく を ゆるし て 下さる と 思ふ 。 」 
カムパネルラ は 、 なにか ほん た うに 決心 し て ゐる やう に 見え まし た 。 
俄 か に 、 車 の なか が 、 ぱつと 白く 明るく なり まし た 。 見る と 、 もう じつに 、 金剛石 や 草 の 露 や あらゆる 立派 さ を あつめ た やう な 、 きらびやか な 銀河 の 河床 の 上 を 、 水 は 聲 も なく かたち も なく 流れ 、 その 流れ の まん中 に 、 ぼう つと 青白く 後光 の 射し た 一つ の 島 が 見える の でし た 。 その 島 の 平ら な いただき に 、 立派 な 眼 も さめる やう な 、 白い 十字架 が たつ て 、 それ は もう 、 凍 つた 北極 の 雲 で 鑄 た と い つ たら いい か 、 すき つ と し た 金 いろ の 圓 光 を いただい て 、 しづか に 永久 に 立つ て ゐる の でし た 。 
「 ハルレヤ 、 ハルレヤ 。 」 前 から もう しろから も 聲 が 起り まし た 。 ふり か へ つて 見る と 、 車 室 の 中 の 旅人 たち は 、 みな まつ すぐ に きもの の ひだ を 垂れ 、 黒い バイブル を 胸 に あて たり 、 水晶 の 數珠 を かけ たり 、 どの人 も つつましく 指 を 組み合せ て 、 そつ ち に 祈 つ て ゐる の でし た 。 
思は ず 二 人 も まつ すぐ に 立ちあがり まし た 。 
カムパネルラ の 頬 は 、 まるで 熟し た 苹果 の あかし の やう に うつくしく かがやい て 見え まし た 。 
そして 島 と 十字架 と は 、 だんだん うし ろ の 方 へ うつつ て 行き まし た 。 
向う岸 も 、 青じろく ぽう つと 光 つて けむり 、 時々 、 やつ ぱりすすきが 風 に ひる が へる らしく 、 さ つと その 銀 いろ が けむ つて 、 息 で も かけ た やう に 見え 、 また 、 たくさん の りん だ うの花 が 、 草 を かくれ たり 出 たり する の は 、 やさしい 狐火 の やう に 思は れ まし た 。 
それ も ほんの ちよ つと の 間 、 川 と 汽車 と の 間 は 、 すすき の 列 で さ へぎ られ 、 白鳥 の 島 は 、 二 度 ばかり うし ろ の 方 に 見え まし た が 、 ぢ き も うず うつ と 遠く 小さく 繪 の やう に なつ て しまひ 、 また すすき が ざわざわ 鳴 つ て 、 とうとう す つかり 見え なく なつ て しまひ まし た 。 ジヨバンニ の うし ろ に は 、 いつ から 乘 つて ゐ た の か 、 せい の 高い 、 黒い か つぎ を し た カトリツク 風 の 尼 さん が 、 ま ん 圓 な 緑 の 瞳 を 、 ぢ つと まつ すぐ に 落し て 、 まだ 何 か ことば か 聲 か が 、 そつ ちか ら 傳 は つて 來 る の を 愼 しん で 聞い て ゐる といふ やう に 見え まし た 。 旅人 たち は しづか に 席 に 戻り 、 二 人 も 胸 い つ ぱいのかなしみに 似 た 新 らしい 氣持 ち を 、 何 氣 な くち が つた 言葉 で 、 そつ と 話し 合 つたの です 。 
「 もう ぢ き 白鳥 の 停車場 だ ねえ 。 」 
「 ああ 、 十 一 時 かつ きり に は 着く ん だ よ 。 」 
早く も 、 シグナル の 緑 の 燈 と 、 ぼんやり 白い 柱 と が 、 ちら つと 窓 の そ と を 過ぎ 、 それから 硫黄 の ほ の ほ の やう な くらい ぼんやり し た 轉轍機 の 前 の あかり が 窓 の 下 を 通り 、 汽車 は だんだん ゆるやか に なつ て 、 間もなく プラツトホーム の 一 列 の 電 燈 が 、 うつくしく 規則正しく あら はれ 、 それ が だんだん 大きく な つて ひろ が つて 、 二 人 は 丁度 白鳥 停車 場 の 、 大きな 時計 の 前 に 來 て とまり まし た 。 
さわやか な 秋 の 時計 の 盤面 に は 、 青く 灼か れ た は が ね の 二 本 の 針 が 、 くつ きり 十 一 時 を 指し まし た 。 みんな は 、 一 ぺん に 下り て 、 車 室 の 中 は がらんと なつ て しまひ まし た 。 
と 時計 の 下 に 書い て あり まし た 。 
「 ぼく たち も 降り て 見よ う か 。 」 ジヨバンニ が 云 ひ まし た 。 
「 降りよ う 。 」 二 人 は 一 度 に はね あ が つて ドア を 飛び出し て 改札 口 へ かけ て 行き まし た 。 ところが 改札 口 に は 、 明るい 紫 が かつ た 電 燈 が 一つ 點 い て ゐる ばかり 、 誰 も 居 ませ ん でし た 。 そこら 中 を 見 て も 、 驛長 や 赤帽 らしい 人 の 影 も なかつ た の です 。 
二 人 は 、 停車場 の 前 の 、 水晶 細工 の やう に 見える 銀杏 の 木 に 圍 まれ た 小さな 廣 場 に 出 まし た 。 そこ から 幅 の 廣 い みち が 、 まつ すぐ に 銀河 の 青 光 の 中 へ 通 つて ゐ まし た 。 
さき に 降り た 人 たち は 、 もう どこ へ 行 つ た か 一 人 も 見え ませ ん でし た 。 二 人 が その 白い 道 を 、 肩 を ならべ て 行き ます と 、 二 人 の 影 は 、 ちやう ど 四方 に 窓 の ある 室 の 中 の 、 二 本 の 柱 の 影 の やう に 、 また 二つ の 車輪 の 幅 の やう に 幾 本 も 幾 本 も 四方 へ 出る の でし た 。 そして 間もなく 、 あの 汽車 から 見え た きれい な 河原 に 來 まし た 。 
カムパネルラ は 、 その きれい な 砂 を 一 つまみ 、 掌 に ひろげ 、 指 できし きし さ せ ながら 、 夢 の やう に 云 つて ゐる の でし た 。 
「 この 砂 は みんな 水晶 だ 。 中 で 小さな 火 が 燃え て ゐる 。 」 
「 さ う だ 。 」 どこ で ぼく は 、 そんな こと 習 つ たら う と 思ひ ながら 、 ジヨバンニ も ぼんやり 答 へ て ゐ まし た 。 
河原 の 礫 は 、 みんな すき と ほ つ て 、 たしかに 水晶 や 黄玉 や 、 また くし や くし や の 皺 曲 を あら は し た の や 、 また 稜 から 霧 の やう な 青白い 光 を 出す 鋼玉 やら でし た 。 ジヨバンニ は 、 走 つて その 渚 に 行 つて 、 水 に 手 を ひたし まし た 。 けれども あやしい その 銀河 の 水 は 、 水素 より も もつ と すき と ほ つて ゐ た の です 。 それでも たしかに 流れ て ゐ た こと は 、 二 人 の 手首 の 、 水 に ひたし た ところが 、 少し 水銀 いろ に 浮い た やう に 見え 、 その 手首 に ぶつ つ かつて でき た 波 は 、 うつくしい 燐光 を あげ て 、 ちらちら と 燃える やう に 見え た の で も わかり まし た 。 
川上 の 方 を 見る と 、 すすき の いつ ぱいに 生え て いる 崖 の 下 に 、 白い 岩 が 、 まるで 運動 場 の やう に 平ら に 川 に 沿 つて 出 て ゐる の でし た 。 そこ に 小さな 五 六 人 の 人 かげ が 、 何 か 掘り出す か 埋める か し て ゐる らしく 、 立つ たり 屈ん だり 、 時々 なに か の 道具 が 、 ピカツ と 光 つ たり し まし た 。 
「 行 つ て みよ う 。 」 二 人 は 、 まるで 一 度 に 叫ん で 、 そつ ちの 方 へ 走り まし た 。 その 白い 岩 に なつ た 處 の 入口 に といふ 、 瀬戸物 の つるつる し た 標札 が 立つ て 、 向う の 渚 に は 、 ところどころ 細い 鐵 の 欄干 も 植 ゑられ 、 木製 の きれい な ベンチ も 置い て あり まし た 。 
「 おや 、 變 な もの が ある よ 。 」 カムパネルラ が 、 不思議 さ うに 立ちどま つ て 、 岩 から 黒い 細長い さき の 尖 つ た くるみ の 實 の やう な もの を ひろ ひま し た 。 
「 くるみ の 實 だ よ 。 そら 、 澤山 ある 。 流れ て 來 たん ぢ や ない 。 岩 の 中 に 入 つて る ん だ 。 」 
「 大きい ね 、 この くるみ 、 倍 ある ね 。 こいつ は すこし もい た ん で ない 。 」 
「 早く あすこ へ 行 つて 見よ う 。 きつ と 何 か 掘 つ てる から 。 」 
二 人 は 、 ぎざぎざ の 黒い くるみ の 實 を 持ち ながら 、 また さつき の 方 へ 近 よ つて 行き まし た 。 左手 の 渚 に は 、 波 が やさしい 稻妻 の やう に 燃え て 寄せ 、 右手 の 崖 に は 、 いち めん 銀 や 貝 殼 で こ さ へ た やう な すすき の 穗 が ゆれ た の です 。 
だんだん 近付い て 見る と 、 一 人 の せい の 高い 、 ひどい 近眼 鏡 を かけ て 長靴 を はい た 學 者 らしい 人 が 、 手帳 に 何 かせ は しさ う に 書きつけ ながら 、 つるはし を ふり あげ たり 、 スコツプ を つか つ たり し て ゐる 、 三 人 の 助手 らしい 人 たち に 夢中 で いろいろ 指 圖 を し て ゐ まし た 。 
「 そこ の その 突起 を 壞 さ ない やう に 、 スコツプ を 使 ひ たま へ 。 スコツプ を 。 お つと 、 も 少し 遠く から 掘 つて 。 いけ ない 、 いけ ない 。 なぜ そんな 亂暴 を する ん だ 。 」 
見る と 、 その 白い 柔らか な 岩 の 中 から 、 大きな 大きな 青じろい 獸 の 骨 が 、 横 に 倒れ て 潰れ た といふ 風 に な つて 、 半分 以上 掘り出さ れ て ゐ まし た 。 そして 氣 を つけ て 見る と 、 そこら に は 、 蹄 の 二つ ある 足跡 の つい た 岩 が 、 四角 に 十 ばかり 、 きれい に 切り取ら れ て 番 號 が つけ られ て あり まし た 。 
「 君たち は 參觀 か ね 。 」 その 大 學 士 らしい 人 が 、 眼鏡 を きら つ と さ せ て 、 こ つ ち を 見 て 話しかけ まし た 。 
「 くるみ が 澤山 あつ たら う 。 それ は まあ 、 ざつと 百 二 十 萬 年 ぐらゐ 前 の くるみ だ よ 。 ごく 新 らしい 方 さ 。 ここ は 百 二 十 萬 年 前 、 第 三紀 の あと の ころ は 海岸 で ね 、 この 下 から は 貝がら も 出る 。 いま 川 の 流れ て ゐる とこ に 、 そつ くり 鹽水 が 寄せ たり 引い たり も し て ゐ た の だ 。 この け もの か ね 、 これ は ボス と い つ て ね 、 おいおい 、 そこ 、 つるはし は よし たま へ 。 ていねい に 鑿 で やつ て くれ たま へ 。 ボス と い つ て ね 、 いま の 牛 の 先祖 で 、 昔 は たくさん 居 た の さ 。 」 
「 標本 に する ん です か 。 」 
「 いや 、 證明 する に 要る ん だ 。 ぼく ら から みる と 、 ここ は 厚い 立派 な 地層 で 、 百 二 十 萬 年 ぐらゐ 前 に でき た といふ 證據 も いろいろ あがる けれども 、 ぼく ら とち が つたや つ から み て も やつ ぱりこんな 地層 に 見える か どう か 、 ある ひ は 風 か 水 か 、 がらん と し た 空 か に 見え やし ない か といふ こと な の だ 。 わかつ たかい 。 けれども 、 おいおい 、 そこ も スコツプ で は いけ ない 。 その すぐ 下 に 肋骨 が 埋もれ てる 筈 ぢ や ない か 。 」 
大 學 士 は あわて て 走 つ て 行き まし た 。 
「 もう 時間 だ よ 。 行か う 。 」 カムパネルラ が 地 圖 と 腕時計 と を くらべ ながら 云 ひ まし た 。 
「 ああ 、 では わたくし ども は 失 禮 いたし ます 。 」 ジヨバンニ は 、 ていねい に 大 學 士 に おじぎ し まし た 。 
「 さ う です か 。 いや 、 さよなら 。 」 大 學 士 は 、 また 忙 が し さ うに 、 あちこち 歩き ま は つて 監督 を はじめ まし た 。 
二 人 は 、 その 白い 岩 の 上 を 、 一生けん命 汽車 に おくれ ない やう に 走り まし た 。 そして ほん た うに 、 風 の やう に 走れ た の です 。 息も 切れ ず 膝 も あつく なり ませ ん でし た 。 
こんなに し て かける なら 、 もう 世界中 だ つて かけ れる と 、 ジヨバンニ は 思ひ まし た 。 
そして 二 人 は 、 前 の あの 河原 を 通り 、 改札 口 の 電 燈 が だんだん 大きく な つて 、 間もなく 二 人 は 、 もと の 車 室 の 席 に 座 つて いま 行 つて 來 た 方 を 窓 から 見 て ゐ まし た 。 
八 　 鳥 を 捕る 人 
「 ここ へ かけ て も よう ござい ます か 。 」 
がさがさ し た 、 けれども 親切 さうな 大人 の 聲 が 、 二 人 の うし ろ で 聞え まし た 。 
それ は 、 茶 いろ の 少し ぼろぼろ の 外套 を 着 て 、 白い 布 で つつん だ 荷物 を 、 二つ に 分け て 肩 に かけ た 赤 髯 の せ なか の かがん だ 人 でし た 。 
「 ええ 、 いい ん です 。 」 ジヨバンニ は 、 少し 肩 を すぼめ て 挨拶 し まし た 。 その 人 は 、 ひ げ の 中 で かすか に 微笑 ひ ながら 荷物 を ゆ つくり 網棚 に のせ まし た 。 ジヨバンニ は 、 なにか 大 へん さびしい やう な かなしい やう な 氣 が し て 、 だま つて 正面 の 時計 を 見 て ゐ まし たら 、 ず うつ と 前 の 方 で 硝子 の 笛 の やう な もの が 鳴り まし た 。 汽車 は もう 、 しづか に うごい て ゐ た の です 。 カムパネルラ は 、 車 室 の 天井 を 、 あちこち 見 て ゐ まし た 。 その 一つ の あかり に 黒い 甲 蟲 が と まつ て 、 その 影 が 大きく 天井 に うつ つて ゐ た の です 。 
赤ひげ の 人 は 、 なにか なつかし さ うに わら ひ ながら 、 ジヨバンニ や カムパネルラ の やう す を 見 て ゐ まし た 。 汽車 は もう だんだん 早く な つて 、 すすき と 川 と 、 か はる が はる 窓 の 外 から 光り まし た 。 
赤ひげ の 人 が 、 少し お づおづしながら 、 二 人 に 訊き まし た 。 
「 あなた 方 は 、 どちら へ いら つ し やる ん です か 。 」 
「 どこ まで も 行く ん です 。 」 ジヨバンニ は 、 少し きまり 惡 さ うに 答 へ まし た 。 
「 それ は いい ね 。 この 汽車 は 、 じ つ さい 、 どこ まで でも 行き ます ぜ 。 」 
「 あなた は どこ へ 行く ん です 。 」 カムパネルラ が 、 いきなり 、 喧嘩 の やう に たづ ね まし た ので 、 ジヨバンニ は 思は ず わら ひ まし た 。 する と 、 向う の 席 に 居 た 、 尖 つ た 帽子 を かぶり 、 大きな 鍵 を 腰 に 下げ た 人 も 、 ちら つと こ つ ち を 見 て わら ひ まし た ので 、 カムパネルラ も 、 つい 顏 を 赤く し て 笑 ひだ し て しまひ まし た 。 ところが その 人 は 別に 怒 つた で も なく 、 頬 を ぴくぴく し ながら 返事 し まし た 。 
「 わ つ し は すぐ そこ で 降り ます 。 わ つ し は 、 鳥 を つかま へる 商 賣 で ね 。 」 
「 何 鳥 です か 。 」 
「 鶴 や 雁 です 。 さ ぎも 白鳥 も です 。 」 
「 鶴 は たくさん ゐ ます か 。 」 
「 居 ます とも 、 さつき から 鳴い て ま さあ 。 聞か なかつ た の です か 。 」 
「 いいえ 。 」 
「 いま でも 聞える ぢ や あり ませ ん か 。 そら 、 耳 を すまし て 聽 い て ごらん なさい 。 」 
二 人 は 眼 を 擧げ 、 耳 を すまし まし た 。 ごと ごと 鳴る 汽車 の ひびき と 、 すすきの 風 と の 間 から 、 ころん ころん と 水 の 湧く やう な 音 が 聞え て 來 る の でし た 。 
「 鶴 、 どうして とる ん です か 。 」 
「 鶴 です か 、 それとも 鷺 です か 。 」 
「 鷺 です 。 」 ジヨバンニ は 、 ど つ ち で も いい と 思ひ ながら 答 へ まし た 。 
「 そいつ は な 、 雜作 ない 。 さ ぎといふものは 、 みんな 天の川 の 砂 が 凝 つ て 、 ぼう つと できる もん です から ね 、 そして 始終 川 へ 歸 り ます から ね 。 川原 で 待つ て ゐ て 、 鷺 が みんな 、 脚 を かう いふ 風 に し て 降り て くる とこ を 、 そいつ が 地べた へ つく か つか ない うち に 、 ぴたつと 押 へちま ふん です 。 する と もう 鷺 は 、 かたま つて 安心 し て 死ん ぢ まひ ます 。 あと は もう 、 わかり 切 つ て ま さあ 、 押し葉 に する だけ です 。 」 
「 鷺 を 押し葉 に する ん です か 。 標本 です か 。 」 
「 標本 ぢ や あり ませ ん 。 みんな たべる ぢ や あり ませ ん か 。 」 
「 を かしい ねえ 。 」 カムパネルラ が 首 を かしげ まし た 。 
「 おかしい も 不審 も あり ませ ん や 。 そら 。 」 その 男 は 立つ て 、 網棚 から 包み を おろし て 、 手ばやく くるくる と 解き まし た 。 
「 さあ 、 ごらん なさい 。 いま と つて 來 た ばかり です 。 」 
「 ほん た うに 鷺 だ ねえ 。 」 二 人 は 思は ず 叫び まし た 。 まつ 白 な 、 あの さつき の 北 の 十字架 の やう に 光る 鷺 の から だ が 十 ばかり 、 少し ひら べつ たく な つて 、 黒い 脚 を ちぢめ て 、 浮彫 の やう に ならん で ゐ た の です 。 
「 眼 を つぶ つ てる ね 。 」 カムパネルラ は 、 指 で そつ と 、 鷺 の 三日月 がた の 白い 瞑 つ た 眼 に さ はり まし た 。 頭 の 上 の 槍 の やう な 白い 毛 もち やん と つい て ゐ まし た 。 
「 ね 、 さ う で せ う 。 」 鳥 捕り は 風呂敷 を 重ね て 、 また くるくる と 包ん で 紐 で くくり まし た 。 誰 が い つ たい ここら で 鷺 なんぞ 喰 べ る だら う と ジヨバンニ は 思ひ ながら 訊き まし た 。 
「 鷺 は おいしい ん です か 。 」 
「 ええ 、 毎日 註文 が あり ます 。 しかし 雁 の 方 が 、 もつ と 賣れ ます 。 雁 の 方 が ずつ と 柄 が いい し 、 第 一 手 數 が あり ませ ん から な 。 そら 。 」 鳥 捕り は 、 また 別 の 方 の 包み を 解き まし た 。 すると 黄 と 青じろ と まだ ら に な つて 、 なにか の あかり の やう に ひかる 雁 が 、 ちやう ど さつき の 鷺 の やう に 、 くちばし を 揃 へ て 、 少し 扁 べつ たく な つて なら んで ゐ まし た 。 
「 こ つ ち は すぐ 喰 べ られ ます 。 どう です 、 少し お あがり なさい 。 」 鳥 捕り は 、 黄いろ な 雁 の 足 を 、 輕 く ひつ ぱりました 。 すると それ は 、 チヨコ レート で でも でき て ゐる やう に 、 す つ と きれい に はなれ まし た 。 
「 どう です 。 すこし たべ て ごらん なさい 。 」 鳥 捕り は 、 それ を 二つ に ちぎ つ てわたし まし た 。 ジヨバンニ は 、 ちよ つと 喰 べ て み て 、 
（ なん だ 、 やつ ぱりこいつはお 菓子 だ 。 チヨコ レート より も 、 もつ と おいしい けれども 、 こんな 雁 が 飛ん で ゐる もん か 。 この 男 は 、 どこ か そこら の 野原 の 菓子 屋 だ 。 けれども ぼく は 、 この ひと を ばか に し ながら 、 この 人 の お菓子 を たべ て ゐる の は 、 大 へん 氣 の 毒 だ 。 ） 
と 思ひ ながら 、 やつ ぱりぽくぽくそれをたべてゐました 。 
「 も 少し お あがり なさい 。 」 鳥 捕り が また 包み を 出し まし た 。 ジヨバンニ は 、 もつ と たべ たかつ た の です けれども 、 
「 ええ 、 ありがたう 。 」 と 云 つて 遠慮 し まし たら 、 鳥 捕り は 、 こんど は 向う の 席 の 、 鍵 を もつ た 人 に 出し まし た 。 
「 いや 、 商 賣 もの を 貰 つ ちや すみません な 。 」 その 人 は 、 帽子 を とり まし た 。 
「 いいえ 、 どういたしまして 、 どう です 。 今年 の 渡り鳥 の 景 氣 は 。 」 
「 いや 、 すてき な もん です よ 。 一昨日 の 第 二 限 ころ なんか 、 なぜ 燈臺 の 燈 を 、 規則 以外 に 暗く さ せる かつて 、 あつ ちか ら も こ つ ちか ら も 、 電話 で 故障 が 來 まし た が 、 なあに 、 こ つ ち が やる ん ぢ や なく て 、 渡り鳥 ども が 、 まつ 黒 に かた まつ て 、 あかし の 前 を 通る の です から 仕方 あり ませ ん や 、 わたし あ 、 べらぼう め 、 そんな 苦情 は 、 おれ の とこ へ 持つ て 來 たつ て 仕方 が ねえや 、 ばさばさ の マント を 着 て 脚 と 口 と の 途方 も なく 細い 大 將 へ やれ つ て 、 斯 う 云 つ て やり まし た が ね 、 はつ は 。 」 
すすき が なく な つ た ため に 、 向う の 野原 から 、 ぱつとあかりが 射し て 來 まし た 。 
「 鷺 の 方 は なぜ 手 數 な ん です か 。 」 カムパネルラ は 、 さつき から 、 訊か う と 思 つて ゐ た の です 。 
「 それ はね 、 鷺 を 喰 べ る に は 、 」 鳥 捕り は 、 こ つ ち に 向き直り まし た 。 
「 天の川 の 水 あかり に 、 十 日 も つるし て 置く かね 、 さ う で なけ あ 、 砂 に 三 四 日 う づめなけあいけないんだ 。 さ う すると 、 水銀 が みんな 蒸發 し て 、 喰 べ られる やう に なる よ 。 」 
「 こいつ は 鳥 ぢ や ない 。 ただ の お菓子 で せ う 。 」 やつ ぱりおなじことを 考へ て ゐ た と みえ て 、 カムパネルラ が 、 思ひ 切 つ た といふ やう に 尋ね まし た 。 鳥 捕り は 、 何 か 大 へん あわて た 風 で 、 
「 さ うさ う 、 ここ で 降り なけ あ 。 」 と 云 ひ ながら 、 立つ て 荷物 を とつ た と 思ふ と 、 もう 見え なく な つて ゐ まし た 。 
「 どこ へ 行 つ た ん だら う 。 」 二 人 は 顏 を 見合せ まし たら 、 燈臺守 は にやにや 笑 つて 、 少し 伸び あがる やう に し ながら 、 二 人 の 横 の 窓 の 外 を のぞき まし た 。 二 人 も そつ ち を 見 まし たら 、 たつ た いま の 鳥 捕り が 、 黄いろ と 青じろ の 、 うつくしい 燐光 を 出す 、 いち めん の か は ら は は こぐ さ の 上 に 立つ て 、 まじめ な 顏 を し て 兩手 を ひろげ て 、 ぢ つと そら を 見 て ゐ た の です 。 
「 あすこ へ 行 つ てる 。 ず ゐ ぶん 奇 體 だ ねえ 。 きつ と また 鳥 を つかま へる とこ だ ねえ 。 汽車 が 走 つ て 行か ない うち に 、 早く 鳥 が おりる と いい な 。 」 と 云 つ た 途端 、 がらん と し た 桔梗 いろ の 空 から 、 さ つき 見 た やう な 鷺 が 、 まるで 雪 の 降る やう に ぎやあぎやあ 叫び ながら 、 い つ ぱいに 舞 ひ おり て 來 まし た 。 すると あの 鳥 捕り は 、 す つかり 註文 通り だ といふ やう に ほくほく し て 、 兩足 を かつ きり 六 十 度 に 開い て 立つ て 、 鷺 の ちぢめ て 降り て 來 る 黒い 脚 を 兩手 で 片 つ 端 から 押 へ て 、 布 の 袋 の 中 に 入れる の でし た 。 すると 鷺 は 螢 の やう に 、 袋 の 中 で しばらく 、 青く ぺかぺか 光 つ たり 消え たり し て ゐ まし た が 、 おし まひ に は とうとう 、 みんな ぼんやり 白く な つて 、 眼 を つぶる の でし た 。 ところが 、 つかま へ られる 鳥 より は 、 つかま へ られ ない で 無事 に 天の川 の 砂 の 上 に 降りる もの の 方 が 多 かつ た の です 。 それ は 見 て ゐる と 、 足 が 砂 へ つく や 否 や 、 まるで 雪 の 融ける やう に 、 縮ま つ て 扁 べつ たく な つて 、 間もなく 熔鑛爐 から 出 た 銅 の 汁 の やう に 、 砂 や 砂利 の 上 に ひろがり 、 しばらく は 鳥 の 形 が 、 砂 について ゐる の でし た が 、 それ も 二 三 度 明るく なつ たり 暗く なつ たり し て ゐる うち に 、 もうす つかり ま はり と 同じ いろ に なつ て しまふ の でし た 。 
鳥 捕り は 二 十 疋 ばかり 、 袋 に 入れ て しまふ と 、 急 に 兩手 を あげ て 、 兵隊 が 鐵 砲 彈 に あ たつ て 、 死ぬ とき の やう な 形 を し まし た 。 と 思 つ たら 、 もう そこ に 鳥 捕り の 形 は なく な つて 、 却 つて 、 
「 ああ せいせい し た 。 どうも から だ に 丁 度合 ふ ほど 稼い で ゐる くら ゐ 、 いい こと は あり ませ ん な 。 」 といふ きき おぼえ の ある 聲 が 、 ジヨバンニ の 隣り に し まし た 。 見る と 鳥 捕り は 、 もう そこ で と つて 來 た 鷺 を 、 きちんと そろ へ て 、 一つ づつ 重ね 直し て ゐる の でし た 。 
「 どうして あすこ から 、 いつ ぺん に ここ へ 來 た ん です か 。 」 ジヨバンニ が なんだか あたり ま へ の やう な 、 あたり ま へ で ない やう な 、 を かし な 氣 が し て 問 ひ まし た 。 
「 どうして つて 、 來 よう と し た から 來 た ん です 。 ぜんたい あなた 方 は 、 どちら から おいで です か 。 」 
ジヨバンニ は 、 すぐ 返事 しよ う と 思ひ まし た けれども 、 さあ 、 ぜんたい どこ から 來 た の か 、 もう どうしても 考 へ つき ませ ん でし た 。 カムパネルラ も 、 顏 を まつ 赤 に し て 何 か 思ひ 出さ う として ゐる の でし た 。 
「 ああ 、 遠く から です ね 。 」 
鳥 捕り は 、 わかつ た という やう に 雜作 なく うなづき まし た 。 
九 　 ジヨバンニ の 切符 
「 もう ここら は 白鳥 區 の おし まひ です 。 ごらん なさい 。 あれ が 名高い アルビレオ の 觀測所 です 。 」 
窓 の 外 の 、 まるで 花火 で い つ ぱいのやうな 、 あま の 川 の まん中 に 、 黒い 大きな 建物 が 四 棟 ばかり 立つ て 、 その 一つ の 平 屋根 の 上 に 、 眼 も さめる やう な 、 青 寶玉 と 黄玉 の 大きな 二つ の すき と ほ つた 球 が 、 輪 に なつ て しづか に くるくる とま は つて ゐ まし た 。 黄いろ の が だんだん 向う へま は つて 行 つて 、 青い 小さい の が こ つ ち へ 進ん で 來 、 間もなく 二つ の はじ は 、 重なり 合 つて 、 きれい な 緑 いろ の 兩面凸 レンズ の かたち を つくり 、 それ も だんだん 、 まん中 が ふくらみ 出し て 、 とうとう 青い の は 、 す つかり トパース の 正面 に 來 まし た ので 、 緑 の 中心 と 黄いろ な 明るい 環 と が でき まし た 。 それ が また だんだん 横 へ 外れ て 、 前 の レンズ の 形 を 逆 に 繰り返し 、 とうとう す つ と は なれ て 、 サフアイア は 向う へ めぐり 、 黄いろ の はこ つ ち へ 進み 、 また 恰度 さつき の やう な 風 に なり まし た 。 銀河 の かたち も なく 、 音 も ない 水 に かこま れ て 、 ほん た うに その 黒い 測候所 が 、 睡 つ て ゐる やう に 、 しづか に よ こ た はつ た の です 。 
「 あれ は 、 水 の 速 さ を はかる 器械 です 。 水 も … … 。 」 鳥 捕り が 云 ひ かけ た とき 、 
「 切符 を 拜見 いたし ます 。 」 赤い 帽子 を か ぶつ た せい の 高い 車掌 が 、 いつか 三 人 の 席 の 横 に 、 まつ すぐ に 立つ て ゐ て 云 ひ まし た 。 鳥 捕り は だま つて か くし から 、 小さな 紙きれ を 出し まし た 。 車掌 はちよ つと 見 て 、 すぐ 眼 を そらし て （ あなた 方 の は ？ ） といふ やう に 、 指 を うごかし ながら 、 手 を ジヨバンニ たち の 方 へ 出し まし た 。 
「 さあ 。 」 ジヨバンニ は 困 つ て 、 も ぢ も ぢ し て ゐ まし たら 、 カムパネルラ は わけ も ない といふ 風 で 、 小さな 鼠 いろ の 切符 を 出し まし た 。 ジヨバンニ は 、 す つかり あわて て し まつ て 、 もしか 上着 の ポケツト に でも 、 入 つて ゐ た か とお も ひ ながら 、 手 を 入れ て 見 まし たら 、 何 か 大きな 疊 ん だ 紙きれ に あたり まし た 。 こんな もの 入 つて ゐ たら うかと 思 つて 、 急い で 出し て み まし たら 、 それ は 四つ に 折 つた はがき ぐらゐの 大き さ の 緑 いろ の 紙 でし た 。 車掌 が 手 を 出し て ゐる もん です から 何 でも 構 は ない 、 やつ ち ま へ と 思 つて 渡し まし たら 、 車掌 は まつ すぐ に 立ち 直 つて 叮嚀 に それ を 開い て 見 て ゐ まし た 。 そして 讀み ながら 上着 のぼ たん や なんか しきりに 直し たり し て ゐ まし た し 、 燈臺看 守 も 下 から それ を 熱心 に のぞい て ゐ まし た から 、 ジヨバンニ は たしかに あれ は 證明書 か 何 か だ つた と 考へ て 、 少し 胸 が 熱く なる やう な 氣 が し まし た 。 
「 これ は 三 次 空間 の 方 から お 持ち に なつ た の です か 。 」 車掌 が たづ ね まし た 。 
「 何だか わかり ませ ん 。 」 もう 大丈夫 だ と 安心 し ながら ジヨバンニ は 、 そつ ち を 見 あげ て くつ くつ 笑 ひ まし た 。 
「 よろし う ござい ます 。 南 十 字 へ 着き ます の は 、 次 の 第 三 時 ころ に なり ます 。 」 車掌 は 紙 を ジヨバンニ に 渡し て 向う へ 行き まし た 。 
カムパネルラ は 、 その 紙切れ が 何 だ つ た か 待ち兼ね た といふ やう に 急い で のぞきこみ まし た 。 ジヨバンニ も 全く 早く 見 たかつ た の です 。 ところが それ はいち めん 黒い 唐草 の やう な 模 樣 の 中 に 、 を かし な 十 ばかり の 字 を 印刷 し た もの で 、 だま つて 見 て ゐる と 、 何だか その 中 へ 吸 ひ 込ま れ て しまふ やう な 氣 が する の でし た 。 すると 鳥 捕り が 横 から ちら つと それ を 見 て あわて た やう に 云 ひ まし た 。 
「 おや 、 こいつ は 大した もん です ぜ 。 こいつ は もう 、 ほん た う の 天上 へ さ へ 行ける 切符 だ 。 天上 どこ ぢ や ない 、 どこ でも 勝手 に あるける 通行 券 です 。 こいつ を お 持ち に なれ あ 、 なるほど 、 こんな 不完全 な 幻想 第 四 次 の 銀河 鐵 道 なんか 、 どこ まで でも 行ける 筈 で さあ 。 あなた 方 大した もん です ね 。 」 
「 何だか わかり ませ ん 。 」 ジヨバンニ が 赤く な つて 答 へ ながら 、 それ を 又 疊 ん でかく し に 入れ まし た 。 
そして きまり が 惡 い ので カムパネルラ と 二 人 、 また 窓 の 外 を ながめ て ゐ まし た が 、 その 鳥 捕り の 時 々 大した もん だ といふ やう に 、 ちらちら こ つ ち を 見 て ゐる の が ぼんやり わかり まし た 。 
「 もう ぢ き 鷲 の 停車場 だ よ 。 」 カムパネルラ が 向う岸 の 、 三つ なら ん だ 小さな 青じろい 三角 標 と 地 圖 と を 見 較べ て 云 ひ まし た 。 
ジヨバンニ は なんだか わけ も わから ず に 、 となり の 鳥 捕り が 氣 の 毒 で たまらなく なり まし た 。 
鷺 を つかま へ て 、 せいせい し た と よろこん だり 、 白 いきれ で それ を くるくる 包ん だり 、 ひと の 切符 を びつくり し た やう に 横目 で 見 て 、 あわて て ほめ だし たり 、 そんな こと を 一々 考へ て ゐる と 、 もう その 見ず知らず の 鳥 捕り の ため に 、 ジヨバンニ の 持つ て ゐる もの でも 食べる もの で も なん でも やつ て しまひ たい 、 もうこ の 人 の ほん た う の 幸 に なる なら 、 自分 が あの 光る 天の川 の 河原 に 立つ て 、 百 年 つづけ て 立つ て 鳥 を と つて や つて も いい といふ やう な 氣 が し て 、 どうしても もう 默 つて ゐ られ なく なり まし た 。 ほん た うに あなた の ほしい もの は 一 體 な ん です か 、 と 訊か う として 、 それでは あんまり 出し 拔 け だから 、 どうせ うかと 考へ て 振り返 つて 見 まし たら 、 そこ に は もう あの 鳥 捕り が 居 ませ ん でし た 。 
網棚 の 上 に は 白い 荷物 も 見え なかつ た の です 。 また 窓 の 外 で 足 を ふん ば つて そら を 見上げ て 鷺 を 捕る 支度 を し て ゐる の か と 思 つて 、 急い で そつ ち を 見 まし た が 、 外 はいち めん の うつくしい 砂子 と 白い すすき の 波 ばかり 、 あの 鳥 捕り の 廣 い せ なか も 尖 つ た 帽子 も 見え ませ ん でし た 。 
「 あの 人 どこ へ 行 つ たら う 。 」 カムパネルラ も ぼんやり さ う 云 つて ゐ まし た 。 
「 どこ へ 行 つ たら う 。 一 體 どこ で また あふ の だら う 。 僕 は どうしても 少し あの 人 に 物 を 言 は なかつ たら う 。 」 
「 ああ 、 僕 も さ う 思 つて ゐる よ 。 」 
「 僕 は あの 人 が 邪魔 な やう な 氣 が し た ん だ 。 だから 僕 は 大 へん つらい 。 」 
ジヨバンニ は こんな 變 てこ な 氣 もち は 、 ほん た うに はじめて だ し 、 こんな こと 今 まで 云 つ た こと も ない と 思ひ まし た 。 
「 何だか 苹果 の 匂 が する 。 僕 いま 苹果 の こと を 考へ た ため だら う か 。 」 カムパネルラ が 不思議 さ うに あたり を 見 ま は し まし た 。 
「 ほん た うに 苹果 の 匂 ひだ よ 。 それから 野茨 の 匂 も する 。 」 
ジヨバンニ も そこら を 見 まし た が やつ ぱりそれは 窓 から でも 入 つて 來 る らしい の でし た 。 いま 秋 だ から 野茨 の 花 の 匂 の する 筈 は ない と ジヨバンニ は 思ひ まし た 。 
そしたら 俄 か に そこ に 、 つやつや し た 黒い 髮 の 六つ ばかり の 男の子 が 赤い ジヤケツ のぼ たん も かけ ず 、 ひどく びつくり し た やう な 顏 を し て 、 がたがた ふるへ て はだし で 立つ て ゐ まし た 。 隣り に は 黒い 洋服 を きちんと 着 た 、 せい の 高い 青年 が 一ぱい に 風 に 吹か れ て ゐる け やき の 木 の やう な 姿勢 で 、 男の子 の 手 を し つかり ひい て 立つ て ゐ まし た 。 
「 あら 、 ここ どこ で せ う 。 まあ 、 きれい だ わ 。 」 青年 の うし ろ に も ひとり 、 十 二 ばかり の 眼 の 茶 いろ な 、 可愛らしい 女の子 が 黒い 外套 を 着 て 、 青年 の 腕 に す が つて 、 不思議 さ うに 窓 の 外 を 見 て ゐる の でし た 。 
「 ああ 、 ここ は ランカシヤイヤ だ 。 いや 、 コンネクチカツト 州 だ 。 いや 、 ああ ぼく たち は そら へ 來 た の だ 。 わたし たち は 天 へ 行く の です 。 ごらん なさい 、 あの しるし は 天上 の しるし です 。 もう なんにも こ はい こと は あり ませ ん 。 わたくし たち は 神さま に 召さ れ て ゐる の です 。 」 
黒 服 の 青年 は よろこび に かがやい て その 女の子 に 云 ひ まし た 。 けれども なぜ か また 、 額 に 深く 皺 を 刻ん で 、 それに 大 へん つかれ て ゐる らしく 、 無理 に 笑 ひ ながら 男の子 を ジヨバンニ の となり に 坐ら せ まし た 。 
それから 女の子 に やさしく カムパネルラ の となり の 席 を 指さし まし た 。 女の子 は す なほ に そこ へ 坐 つ て きちんと 兩手 を 組み合せ まし た 。 
「 ぼく 、 お ほ ねえさん 。 お父さん の とこ へ 行く ん だ よう 。 」 腰掛け た ばかり の 男の子 は 顏 を 變 に し て 、 燈臺看 守 の 向う の 席 に 坐 つ た ばかり の 青年 に 云 ひ まし た 。 青年 は 何とも 云 へ ず 悲し さ う な 顏 を し て 、 ぢ つと その 子 の 、 ちぢれ て ぬれ た 頭 を 見 まし た 。 
女の子 は 、 いきなり 兩手 を 顏 に あて て しくしく 泣い て しまひ まし た 。 
「 お父さん や きくよ ねえさん は まだ いろいろ お 仕事 が ある の です 。 けれども もうす ぐあとからいらつしやいます 。 それ より も 、 お つかさ ん は どんなに 永く 待つ て いら つ し やつ たで せ う 。 
わたし の 大事 な タダ シ は いま どんな 歌 を うた つ て ゐる だら う 、 雪 の 降る 朝 に みんな と 手 を つない で 、 ぐるぐる に は と この やぶ を ま はつ て あそん で ゐる だら う か と 考へ たり 、 ほん た うに 待つ て 、 心配 し て いら つ し やる ん です から 、 早く 行 つて 、 お つかさ ん に お目にかかり ませ う ね 。 」 
「 うん 、 だけど 僕 、 船 に 乘 ら なけ あ よ かつ た なあ 。 」 
「 ええ 、 けれど 、 ごらん なさい 。 そら 、 どう です 。 あの 立派 な 川 、 ね 、 あすこ は あの 夏 中 、 ツヰンクル 、 ツヰンクル 、 リトル 、 スター を うた つて やすむ とき 、 いつも 窓 から ぼんやり 白く 見え て ゐ た で せ う 、 あすこ です よ 。 ね 、 きれい で せ う 、 あんなに 光 つて ゐ ます 。 」 
泣い て ゐ た 姉 も ハンケチ で 眼 を ふい て 外 を 見 まし た 。 青年 は 教 へる やう に そつ と 姉 弟 に また 云 ひ まし た 。 
「 わたし たち は もう 、 なんにも かなしい こと は ない の です 。 わたくし たち は こんな いい とこ を 旅 し て 、 ぢ き 神さま の とこ へ 行き ます 。 そこ なら もう 、 ほん た うに 明るく て 匂 が よく て 立派 な 人 たち で い つ ぱいです 。 そして わたし たち の 代り に 、 ボート へ 乘 れ た 人 たち は 、 きつ と みんな 助け られ て 、 心配 し て 待つ て ゐる めいめい の お父さん や お母さん や 自分 の お家 やら へ 行く の です 。 さあ 、 もう ぢ き です から 元 氣 を 出し て おもしろく う たつ て 行き ませ う 。 」 
青年 は 男の子 の ぬれ た やう な 黒い 髮 を なで 、 みんな を 慰め ながら 、 自分 も だんだん 顏 いろ が かがやい て 來 まし た 。 
「 あなた 方 は どちら から いら つ し やつ た の です か 。 どう なす つたの です か 。 」 
さつき の 燈臺看 守 が やつ と 少し わかつ た やう に 、 青年 に たづ ね まし た 。 
青年 は かすか に わら ひ まし た 。 
「 いえ 、 氷山 に ぶつ つ かつて 船 が 沈み まし て ね 。 わたし たち は こちら の お父さん が 急 な 用 で 二 ヶ月 前 、 一足 さき に 本 國 へ お 歸 り に なつ た ので 、 あと から 發 つたの です 。 私 は 大 學 へ は い つ て ゐ て 、 家庭 教師 に や と はれ て ゐ た の です 。 ところが ちや うど 十 二 日 目 、 今日 か 昨日 の あたり です 。 船 が 氷山 に ぶつ つ かつて 一 ぺん に 傾き 、 もう 沈み かけ まし た 。 月 の あかり は どこ か ぼんやり あり まし た が 、 霧 が 非常 に 深 かつ た の です 。 ところが ボート は 左舷 の 方 半分 は もう だめ に なつ て ゐ まし た から 、 とても みんな は 乘 り 切れ ない の です 。 もう その うち に も 船 は 沈み ます し 、 私 は 必死 と なつ て 、 どうか 小さな 人 たち を 乘 せ て 下さい と 叫び まし た 。 近く の 人 たち は すぐ みち を 開い て 、 そして 子供 たち の ため に 祈 つて 呉れ まし た 。 けれども そこ から ボート まで の ところ に は 、 まだまだ 小さな 子ども たち や 親 たち や なんか 居 て 、 とても 押しのける 勇 氣 が なかつ た の です 。 
それでも わたくし は どうしても この方 たち を お 助け する の が 私 の 義務 だ と 思ひ まし た から 、 前 に ゐる 子供 ら を 押しのけよ う と し まし た 。 けれども また 、 そんなに し て 助け て あげる より は この まま 神 の お前 に みんな で 行く 方 が 、 ほん た うに この方 たち の 幸福 だ と も 思ひ まし た 。 
それから 、 また その 神 に そむく 罪 は わたくし ひとり で しよ つ て ぜひとも 助け て あげよ う と 思ひ まし た 。 
けれども 、 どうしても 見 て ゐる と それ が でき ない の でし た 。 
子ども ら ばかり ボート の 中 へ はなし て やつ て 、 お母さん が 狂 氣 の やう に キス を 送り 、 お父さん が かなしい の を ぢ つと こら へ て まつ すぐ に 立つ て ゐる など 、 とても もう 腸 も ちぎれる やう でし た 。 そのうち 船 は もう ずんずん 沈み ます から 、 私 たち は かたま つ て 、 もうす つかり 覺 悟 し て 、 この 人 たち 二 人 を 抱い て 、 浮べる だけ は 浮ば う と 船 の 沈む の を 待つ て ゐ まし た 。 
誰 が 投げ た か ライフヴイ が 一つ 飛ん で 來 まし た 。 けれども 滑 つて ず うつ と 向う へ 行 つ て しまひ まし た 。 
私 は 一生けん命 で 甲板 の 格子 に なつ た ところ を はなし て 、 三 人 それ に し つかり とりつき まし た 。 どこ から とも なく 讚美歌 の 聲 が あがり まし た 。 たちまち みんな は いろいろ な 國 語 で 一 ぺん に それ を 歌 ひ まし た 。 
その とき 俄 か に 大きな 音 が し て 私 たち は 水 に 落ち 、 もう 渦 に 入 つた と 思ひ ながら し つかり この 人 たち を だい て それ から ぼう つ と し た と 思 つ たら もう ここ へ 來 て ゐ た の です 。 
この方 たち の お母さん は 一昨年 歿 く なら れ まし た 。 ええ 、 ボート は き つ と 助 か つた に ち が ひ あり ませ ん 。 何せ よほど 熟練 な 水夫 たち が 漕い で 、 すばやく 船 から は なれ て ゐ まし た から 。 」 
そこ から 小さな 嘆息 や いのり の 聲 が 聞え 、 ジヨバンニ も カムパネルラ も いま まで 忘れ て ゐ た いろいろ の こと を ぼんやり 思ひ 出し て 眼 が 熱く なり まし た 。 
（ ああ 、 その 大きな 海 は パシフイツク といふ の で は なかつ たら う か 。 
その 氷山 の 流れる 北 の はて の 海 で 、 小さな 船 に 乘 つて 、 風 や 凍りつく 潮水 や 、 烈しい 寒 さ と たた かつて 、 たれ か が 一生 けんめい はたらい て ゐる 。 ぼく は その ひと に ほん た うに 氣 の 毒 で 、 そして すま ない やう な 氣 が する 。 ぼく は その ひと の さい は ひ の ため に い つたい どう し たら いい の だら う 。 ） 
ジヨバンニ は 首 を 垂れ て 、 す つかり ふさぎ込ん で しまひ まし た 。 
「 なに が し あ は せか わから ない です 。 ほん た うに どんな つらい こと で も それ が ただしい みち を 進む 中 で の でき ごと なら 、 峠 の 上り も 下り も みんな ほん た う の 幸福 に 近づく 一 あし づつですから 。 」 
燈臺守 が なぐさめ て ゐ まし た 。 
「 あ あさう です 。 ただ いちばん の さい は ひ に 至る ため に いろいろ の かなしみ も みんな 、 おぼしめし です 。 」 
青年 が 祈る やう に さ う 答 へ まし た 。 
そして あの 姉 弟 は もう つかれ て めいめい に ぐつたり 席 により か かつて 睡 つて ゐ まし た 。 さつき の あの はだし だ つた 足 に は いつか 白い 柔らか な 靴 を はい て ゐ た の です 。 
ごと ごと ごと ごと 汽車 は きらびやか な 燐光 の 川 の 岸 を 進み まし た 。 向う の 方 の 窓 を 見る と 、 野原 は まるで 幻 燈 の やう でし た 。 百 も 千 も の 大小 さまざま の 三角 標 、 その 大きな もの の 上 に は 赤い 點々 を うつ た 測量 旗 も 見え 、 野原 の はて は それ が いち めん 、 たくさん たくさん 集 つて ぼう つと 青白い 霧 の やう 、 そこ から か 、 または もつ と 向う から か 、 ときどき さまざま の 形 の ぼんやり し た 狼煙 の やう な もの が 、 か はる が はる きれい な 桔梗 いろ の そら に うちあげ られる の でし た 。 じつに その すき と ほ つ た 綺麗 な 風 は 、 ばら の 匂 で い つ ぱいでした 。 
「 いかが です か 。 かう いふ 苹果 は お はじめて で せ う 。 」 
向う の 席 の 燈臺看 守 が 、 いつか 黄金 と 紅 で うつくしく いろどら れ た 大きな 苹果 を 落さ ない やう に 、 兩手 で 膝 の 上 に かかえ て ゐ まし た 。 
「 おや 、 ど つ から 來 た の です か 。 立派 です ね 。 ここら で は こんな 苹果 が できる の です か 。 」 青年 は ほん た うに びつくり し た らしく 、 燈臺看 守 の 兩手 に かかえ られ た 一 もり の 苹果 を 、 眼 を 細く し たり 首 を まげ たり し ながら 、 われ を 忘れ て ながめ て ゐ まし た 。 
「 いや 、 まあ おとり 下さい 。 どう か 、 まあ おとり 下さい 。 」 
青年 は 一つ と つて ジヨバンニ たち の 方 を ちよ つと 見 まし た 。 
「 さあ 、 向う の 坊 ちや ん が た 。 いかが です か 。 おとり 下さい 。 」 
ジヨバンニ は 坊 ちや ん と 云 はれ た ので 、 すこし し や くに さ は つて だ まつ て ゐ まし た が 、 カムパネルラ は 「 ありがたう 。 」 と 云 ひ まし た 。 
すると 青年 は 自分 で と つて 一つ づつ 二 人 に 送 つ て よこし まし た ので 、 ジヨバンニ も 立つ て ありがたう と 云 ひ まし た 。 
燈臺看 守 は やつ と 兩腕 が あい た ので 、 こんど は 自分 で 一つ づつ 睡 つ て ゐる 姉 弟 の 膝 に そつ と 置き まし た 。 
「 どうも ありがたう 。 どこ で できる の です か 、 こんな 立派 な 苹果 は 。 」 青年 は つくづく 見 ながら 云 ひ まし た 。 
「 この 邊 で は もちろん 農業 は いたし ます けれども 、 大 てい ひとりでに いい もの が できる やう な 約束 に な つて 居り ます 。 
農業 だ つ て そんなに 骨 は 折れ は し ませ ん 。 たいてい 自分 の 望む 種子 さ へ 播け ば ひとりでに どんどん でき ます 。 米 だ つて パシフイツク 邊 の やう に 殼 も ない し 、 十 倍 も 大きく て 匂 も いい の です 。 
けれども あなた がた の これから いら つ し やる 方 なら 、 農業 は もう あり ませ ん 。 苹果 だ つて お菓子 だ つて かす が 少し も あり ませ ん から 、 みんな その ひと その ひと に よ つて ち が つた 、 わ づか の いい かをり に なつ て 毛 あな から ちら け て しまふ の です 。 」 
に はか に 男の子 が ぱつちり 眼 を あい て 云 ひ まし た 。 
「 ああ ぼく 、 いま お母さん の 夢 を み て ゐ た よ 。 お母さん が ね 、 立派 な 戸棚 や 本 の ある とこ に 居 て ね 、 ぼく の 方 を 見 て 手 を だし て にこにこ にこにこ わら つ た よ 。 ぼく 、 お つかさ ん 、 りんご を ひろ つ て き て あげ ませ う か 。 と 云 つ たら 眼 が さめ ちや つた 。 ああ ここ 、 さつき の 汽車 の なか だ ねえ 。 」 
「 その 苹果 が そこ に あり ます 。 この を ぢ さん に いただい た の です よ 。 」 青年 が 云 ひ まし た 。 
「 ありがたう を ぢ さん 。 おや 、 かほる ねえさん まだ ね てる ねえ 、 ぼく おこし て やら う 。 ねえさん 。 ごらん 、 りんご を もら つ た よ 。 おき て ごらん 。 」 
姉 は わら つて 眼 を さまし 、 まぶし さ うに 兩手 を 眼 に あて て 、 それから 苹果 を 見 まし た 。 
男の子 は まるで パイ を 喰 べ る やう に 、 もう それ を 喰 べ て ゐ まし た 。 また 折角 剥い た その きれい な 皮 も 、 くるくる コルク 拔 き の やう な 形 に な つて 床 へ 落ちる まで の 間 に は 、 す うつ と 灰 いろ に 光 つて 蒸發 し て しまふ の でし た 。 
二 人 は りんご を 大切 に ポケツト に しまひ まし た 。 
「 いま どの 邊 ある いてる の 。 」 ジヨバンニ が きき まし た 。 
「 ここ だ よ 。 」 カムパネルラ は 鷲 の 停車場 の 少し 南 を 指さし まし た 。 
川下 の 向う岸 に 青く 茂 つ た 大きな 林 が 見え 、 その 枝 に は 熟し て まつ 赤 に 光る 圓 い 實 が い つ ぱい 、 その 林 の まん中 に 高い 高い 三角 標 が 立つ て 、 森 の 中 から は オーケストラ ベル や ジロフオン に まじ つ て 何とも 云 へ ず きれい な 音 いろ が 、 とける やう に 浸 みる やう に 風 に つれ て 流れ て 來 る の でし た 。 
青年 は ぞ くつ として からだ を ふるふ やう に し まし た 。 
だま つて その 譜 を 聞い て ゐる と 、 そこら に いち めん 黄いろ や 、 うすい 緑 の 明るい 野原 か 敷物 か が ひろがり 、 また まつ 白 な 臘 の やう な 霧 が 太陽 の 面 を 擦 め て 行く やう に 思は れ まし た 。 
「 まあ 、 あの 烏 。 」 カムパネルラ の となり の 、 かほる と 呼ば れ た 女の子 が 叫び まし た 。 
「 からす で ない 。 みんな か さ さ ぎだ 。 」 カムパネルラ が また 何 氣 なく 叱る やう に 叫び まし た ので 、 ジヨバンニ は また 思は ず 笑 ひ 、 女の子 は きまり 惡 さ うに し まし た 。 まつ たく 河原 の 青じろい あかり の 上 に 、 黒い 鳥 が たくさん たくさん い つ ぱいに 列 に な つて と まつ て ぢ つと 川 の 微光 を 受け て ゐる の でし た 。 
「 かさ さ ぎですねえ 、 頭 の うし ろ の ところ に 毛 が ぴんと 延び て ます から 。 」 青年 は とりなす やう に 云 ひ まし た 。 
向う の 青い 森 の 中 の 三角 標 は す つかり 汽車 の 正面 に 來 まし た 。 その とき 汽車 の ず うつ とうしろ の 方 から 、 あの 聞き なれ た 三 〇 六 番 の 讚美歌 の ふし が 聞え て き まし た 。 よほど の 人 數 で 合唱 し て ゐる らしい の でし た 。 
青年 は さ つと 顏 いろ が 青ざめ 、 たつ て 一 ぺん そつ ち へ 行き さ うに し まし た が 思ひ か へ し て また 坐り まし た 。 
かほる は ハンケチ を 顏 に あて て しまひ まし た 。 
ジヨバンニ まで 何だか 鼻 が 變 に なり まし た 。 けれども い つ と も なく 誰 と も なく その 歌 は 歌 ひ 出さ れ 、 だんだん はつ きり 強く なり まし た 。 思は ず ジヨバンニ も カムパネルラ も 一緒 に うた ひ 出し た の です 。 
そして 青い 橄欖 の 森 が 、 見え ない 天の川 の 向う に さめざめ と 光り ながら だんだん うし ろ の 方 へ 行 つ て しまひ 、 そこ から 流れ て 來 る あやしい 樂器 の 音 も 、 もう 汽車 の ひびき や 風の音 に すり 耗 ら さ れ て ず うつ とか すか に なり まし た 。 
「 あ 、 孔雀 が 居る よ 。 あ 、 孔雀 が 居る よ 。 」 
「 あの 森 琴 の 宿 で せ う 。 あたし き つと あの 森 の 中 に は 、 むかし の 大きな オーケストラ の 人 たち が 集ま つて いら つ し やる と 思ふ わ 。 ま はり に は 青い 孔雀 や なんか たくさん ゐる と 思ふ わ 。 」 女の子 が 答 へ まし た 。 
ジヨバンニ は 、 その 小さく 小さく な つて いま は もう 一つ の 緑 いろ の 貝 ぼ たん の やう に 見える 森 の 上 に 、 さ つと 青じろく 時々 光 つて 、 その 孔雀 が はね を ひろげ たり と ぢ たり する の を 見 まし た 。 
「 さ うだ 、 孔雀 の 聲 だ つて さつき 聞え た 。 」 カムパネルラ が 女の子 に 云 ひ まし た 。 
「 ええ 、 三 十 疋 ぐらゐはたしかに 居 た わ 。 」 女の子 が 答 へ まし た 。 
ジヨバンニ は 俄 か に 何とも 云 へ ず かなしい 氣 が し て 、 思は ず 、 
「 カムパネルラ 、 ここ から はね おり て 遊ん で 行か う よ 。 」 とこ はい 顏 を し て 云 は う と し た くら ゐ でし た 。 
ところが その とき ジヨバンニ は 川下 の 遠く の 方 に 不思議 な もの を 見 まし た 。 
それ は たしかに なに か 黒い つるつる し た 細長い もの で 、 あの 見え ない 天の川 の 水の上 に 飛び出し て ちよ つと 弓 の やう な かたち に 進ん で 、 また 水 の 中 に かくれ た やう でし た 。 を かしい と 思 つて また よく 氣 を 付け て ゐ まし たら こんど は ずつ と 近く で また そんな こと が あつ た らしい の でし た 。 そのうち もう あつ ち で も こ つ ち で も 、 その 黒い つるつる し た 變 な もの が 水 から 飛び出し て 、 圓 く 飛ん で また 頭 から 水 へ くぐる の が たくさん 見え て 來 まし た 。 みんな 魚 の やう に 川上 へ のぼる らしい の でし た 。 
「 まあ 、 何で せ う 。 た あ ちや ん 、 ごらん なさい 。 まあ 澤山 だ わ ね 。 何で せ う あれ 。 」 
睡 むさう に 眼 を こす つて ゐ た 男の子 は びつくり し た やう に 立ちあがり まし た 。 
「 何 だら う 。 」 青年 も 立ちあがり まし た 。 
「 まあ 、 を かし な 魚 だ わ 、 何で せ う あれ 。 」 
「 海豚 です 。 」 カムパネルラ が そつ ち を 見 ながら 答 へ まし た 。 
「 海豚 だ なんて あたし はじめて だ わ 。 けど ここ 海 ぢ や ない んで せ う 。 」 
「 いるか は 海 に 居る とき まつ て ゐ ない 。 」 あの 不思議 な 低い 聲 が また どこ から かし まし た 。 
ほん た うに その いるか の かたち の を かしい こと は 、 二つ の ひれ を 丁度 兩手 を さげ て 不動 の 姿勢 を とつ た やう な 風 に し て 水 の 中 から 飛び出し て 來 て 、 うやうやしく 頭 を 下 に し て 不動 の 姿勢 の まま また 水 の 中 へ くぐつ て 行く の でし た 。 見え ない 天の川 の 水 も その とき は ゆらゆら と 青い 焔 の やう に 波 を あげる の でし た 。 
「 いる かお 魚 で せ う か 。 」 女の子 が カムパネルラ に はなしかけ まし た 。 男の子 は ぐつたりつかれたやうに 席 に も たれ て 睡 つて ゐ まし た 。 
「 いるか 、 魚 ぢ や あり ませ ん 。 く ぢ ら と 同じ やう な け だ もの です 。 」 カムパネルラ が 答 へ まし た 。 
「 あな たく ぢ ら 見 た こと あ つて 。 」 
「 僕 あり ます 。 く ぢ ら 、 頭 と 黒い し つ ぽ だけ 見え ます 。 潮 を 吹く と 丁度 本 に ある やう に なり ます 。 」 
「 く ぢ ら なら 大きい わ ねえ 。 」 
「 く ぢ ら 大きい です 。 子供 だ つ て いる か ぐらゐあります 。 」 
「 さ う よ 、 あたし アラビアンナイト で 見 た わ 。 」 姉 は 細い 銀 いろ の 指輪 を い ぢ り ながら おもしろ さ うに は なし し て ゐ まし た 。 
（ カムパネルラ 、 僕 もう 行 つ ち ま ふ ぞ 。 僕 なんか 鯨 だ つて 見 た こと ない や 。 ） 
ジヨバンニ は まるで たまらない ほど いらいら し ながら 、 それでも 堅く 唇 を 噛ん で こら へ て 窓 の 外 を 見 て ゐ まし た 。 
その 窓 の 外 に は 海豚 の かたち も もう 見え なく な つて 川 は 二つ に わか れ まし た 。 その まつ くら な 島 の まん中 に 、 高い 高い や ぐらが 一つ 組ま れ て その 上 に 、 一 人 の 寛 い服 を 着 て 赤い 帽子 を か ぶつ た 男 が 立つ て ゐ まし た 。 そして 兩手 に 赤 と 青 の 旗 を もつ て そら を 見上げ て 信 號 し て ゐる の でし た 。 
ジヨバンニ が 見 て ゐる 間 、 その 人 は しきりに 赤い 旗 を ふつ て ゐ まし た が 、 俄 か に 赤旗 を おろし て うし ろ に かくす やう に し 、 青い 旗 を 高く 高く あげ て まるで オーケストラ の 指揮 者 の やう に 烈しく 振り まし た 。 すると 空中 に ざあつと 雨 の やう な 音 が し て 、 何 か ま つくろ な もの が いく かた まり も いく かた まり も 、 鐵 砲 彈 の やう に 川 の 向う の 方 へ 飛ん で 行く の でし た 。 ジヨバンニ は 思は ず 窓 から からだ を 半分 出し て 、 そつ ち を 見 あげ まし た 。 
美しい 美しい 桔梗 いろ の がらん と し た 空 の 下 を 、 實 に 何 萬 といふ 小さな 鳥 ども が 幾 組 も 幾 組 も 、 めいめい せ はし くせ は しく 鳴い て 通 つて 行く の でし た 。 
「 鳥 が 飛ん で 行く な 。 」 ジヨバンニ が 窓 の 外 で 云 ひ まし た 。 
「 どら 。 」 カムパネルラ も そら を 見 まし た 。 
その とき あの や ぐらの 上 の ゆるい 服 の 男 は 、 俄 か に 赤い 旗 を あげ て 狂 氣 の やう に ふり うごかし まし た 。 すると ぴたつと 鳥 の 群 は 通ら なく なり 、 それ と 同時に ぴしやあんといふ 潰れ た やう な 音 が 川下 の 方 で 起つ て 、 それ から しばらく しいんと し まし た 。 と 思 つ たら あの 赤帽 の 信 號手 が また 青い 旗 を ふつ て 叫ん で ゐ た の です 。 
「 いま こそ わたれ わ たり 鳥 、 いま こそ わたれ わ たり 鳥 。 」 その 聲 も はつ きり 聞え まし た 。 それ と い つ し よに また 幾 萬 といふ 鳥 の 群 が そら を まつ すぐ に かけ た の です 。 
二 人 の 顏 を 出し て ゐる まん中 の 窓 から あの 女の子 が 顏 を 出し て 、 美しい 頬 を かがやか せ ながら 大 ぞ ら を 仰ぎ まし た 。 
「 まあ 、 この 鳥 、 たくさん です わ ねえ 。 あら まあ そら の きれい な こと 。 」 女の子 は ジヨバンニ に はなしかけ まし た 。 けれども ジヨバンニ は 生 意 氣 な 、 いや だ いと 思ひ ながら 、 だま つて 口 を むすん で そら を 見 あげ て ゐ まし た 。 
女の子 は 小さく ほ つと 息 を し て 、 だま つて 席 へ 戻り まし た 。 カムパネルラ が 氣 の 毒 さ うに 窓 から 顏 を 引つ 込め て 地 圖 を 見 て ゐ まし た 。 
「 あの 人 鳥 へ 教 へ てる んで せ う か 。 」 女の子 が そつ と カムパネルラ に たづ ね まし た 。 
「 わたり 鳥 へ 信 號 し てる ん です 。 きつ と どこ から か のろし が あがる ため で せ う 。 」 
カムパネルラ が 少し おぼつかな さ さ うに 答 へ まし た 。 そして 車 の 中 は しいんと なり まし た 。 
ジヨバンニ は もう 頭 を 引つ 込め たかつ た の です けれども 、 明るい とこ へ 顏 を 出す の が つら かつ た ので 、 だま つて こら へ て そのまま 立つ て 口笛 を 吹い て ゐ まし た 。 
（ どうして 僕 は こんなに かなしい の だら う 。 僕 は もつ と こころ もち を きれい に 大きく もた なけれ ば いけ ない 。 あすこ の 岸 の ず うつ と 向う に まるで けむり の やう な 小さな 青い 火 が 見える 。 あれ は ほん た うに しづか で つめたい 。 僕 は あれ を よく 見 て こころ もち を し づめるんだ 。 ） 
ジヨバンニ は 熱 つて 痛い あ たま を 兩手 で 押 へる やう に し て 、 そつ ちの 方 を 見 まし た 。 
（ ああ ほん た うに どこ まで も どこ まで も 僕 と いつ しよ に 行く ひと は ない だら う か 。 カムパネルラ だ つて あんな 女の子 と おもしろ さ うに 話し て ゐる し 、 僕 は ほん た うに つらい なあ 。 ） 
ジヨバンニ の 眼 は また 泪 で い つ ぱいになり 、 天の川 も まるで 遠く へ 行 つ た やう に ぼんやり 白く 見える だけ でし た 。 
その とき 汽車 は だんだん 川 から は なれ て 崖 の 上 を 通る やう に なり まし た 。 向う岸 も また 黒 いい ろ の 崖 が 川 の 岸 を 下流 に 下る に し た が つて 、 だんだん 高く な つて 行く の でし た 。 そして ちら つと 大きな た う もろこし の 木 を 見 まし た 。 その 葉 は ぐるぐる に 縮れ 、 葉 の 下 に は もう 美しい 緑 いろ の 大きな 苞 が 赤い 毛 を 吐い て 、 眞 珠 の やう な 實 も ちら つ と 見え た の でし た 。 
それ は だんだん 數 を 増し て 來 て 、 もう いま は 列 の やう に 崖 と 線路 と の 間 に ならび 、 思は ず ジヨバンニ が 窓 から 顏 を 引つ 込め て 向う側 の 窓 を 見 まし た とき は 、 美しい そら の 野原 、 地平線 の はて まで 、 その 大きな た う もろこし の 木 が ほとんど いち めん に 植 ゑられてさやさや 風 に ゆらぎ 、 その 立派 な ちぢれ た 葉 の さき から は 、 まるで ひる の 間 に い つ ぱい 日光 を 吸 つた 金剛石 の やう に 、 露 が い つ ぱいについて 赤 や 緑 や きらきら 燃え て 光 つて ゐる の でし た 。 
カムパネルラ が 、 
「 あれ た う もろこし だ ねえ 。 」 と ジヨバンニ に 云 ひ まし た けれども 、 ジヨバンニ は どうしても 氣持 が な ほり ませ ん でし た から 、 た だぶつき ら 棒 に 野原 を 見 た まま 、 
「 さ うだら う 。 」 と 答 へ まし た 。 
その とき 汽車 は だんだん しづか に な つて 、 いくつ か の シグナル と てんてつ 器 の 灯 を 過ぎ 、 小さな 停車 場 に とまり まし た 。 
その 正面 の 青じろい 時計 は かつ きり 第 二 時 を 示し 、 その 振子 は 、 風 も なくなり 汽車 も うごか ず しづか な しづか な 野原 の なか に 、 カチツカチツ と 正しく 時 を 刻ん で 行く の でし た 。 
そして まつ たく その 振子 の 音 の 間 から 遠く の 遠く の 野原 の はて から 、 かすか な かすか な 旋律 が 糸 の やう に 流れ て 來 る の でし た 。 「 新 世界 交響 樂 だ わ 。 」 向う の 席 の 姉 が ひとり ごと の やう に こ つ ち を 見 ながら そつ と 言 ひ まし た 。 全く もう 車 の 中 で は あの 黒 服 の 丈 高い 青年 も 誰 れ も みんな やさしい 夢 を 見 て ゐる の でし た 。 
（ こんな しづか な いい ところ で 僕 は どうして もつ と 愉快 に なれ ない だら う 。 どうして こんなに ひとり さびしい の だら う 。 けれども カムパネルラ なんか あんまり ひどい 。 僕 と いつ しよ に 汽車 に 乘 つて ゐ ながら 、 まるで あんな 女の子 と ばかり 話し て ゐる ん だ もの 。 僕 は ほん た うに つらい 。 ） 
ジヨバンニ は また 兩手 で 顏 を 半分 かくす やう に し て 、 向う の 窓 の そ と を 見つめ て ゐ まし た 。 
すき と ほ つ た 硝子 の やう な 笛 が 鳴 つ て 、 汽車 は しづか に 動き出し 、 カムパネルラ も さびしさ うに 星 めぐり の 口笛 を 吹き まし た 。 
「 ええ 、 ええ 、 もうこ の 邊 は ひどい 高原 です から 。 」 
うし ろ の 方 で 誰 か と しよ り らしい 人 の 、 いま 眼 が さめ た といふ 風 で はきはき 話し て ゐる 聲 が し まし た 。 
「 た う もろこし だ つて 棒 で 二 尺 も 孔 を あけ て おい て 、 そこ へ 播か ない と 生え ない ん です 。 」 
「 さ う です か 、 川 まで は よほど あり ませ う か ねえ 。 」 
「 ええ 、 ええ 、 河 まで は 二 千 尺 から 六 千 尺 あり ます 。 もう まるで ひどい 峽谷 に なつ て ゐる ん です 。 」 
さ うさ う 、 ここ は コロラド の 高原 ぢ や なかつ たら う か 、 ジヨバンニ は 思は ず さ う 思ひ まし た 。 
姉 は 弟 を 自分 の 胸 により かから せ て 睡ら せ ながら 、 黒い 瞳 を うつ とり と 遠く へ 投げ て 何 を 見る で も なし に 考 へ 込ん で 居る の でし た し 、 カムパネルラ は また さ びしさうにひとり 口笛 を 吹き 、 男の子 は まるで 絹 で 包ん だ 苹果 の やう な 顏 いろ を し て ねむ つて 居り まし た 。 
突然 た う もろこし が なく な つて 、 巨 き な 黒い 野原 が い つ ぱいにひらけました 。 
新 世界 交響 樂 は はつ きり 地平線 の はて から 湧き 、 その まつ 黒 な 野原 の なか を 一 人 の インデアン が 白い 鳥 の 羽根 を 頭 に つけ 、 たくさん の 石 を 腕 と 胸 に かざり 、 小さな 弓 に 矢 を 番 へ て 一目散 に 汽車 を 追 つて 來 る の でし た 。 
「 あら 、 インデアン です よ 。 インデアン です よ 。 ごらん なさい 。 」 
黒 服 の 青年 も 眼 を さまし まし た 。 
ジヨバンニ も カムパネルラ も 立ちあがり まし た 。 
「 走 つて 來 る わ 。 あら 、 走 つて 來 る わ 。 追 ひ かけ て ゐる んで せ う 。 」 
「 いいえ 、 汽車 を 追 つて る ん ぢ や ない ん です よ 、 獵 を する か 踊る か し てる ん です よ 。 」 
青年 は いま どこ に 居る か 忘れ た といふ 風 に 、 ポケツト に 手 を 入れ て 立ち ながら 云 ひ まし た 。 
まつ たく インデアン は 半分 は 踊 つて ゐる やう でし た 。 第 一 かける に し て も 足 の ふみ やう が もつ と 經濟 も とれ 、 本 氣 に も なれ さ う でし た 。 に はか に くつ きり 白い その 羽根 は 前 の 方 へ 倒れる やう に なり 、 インデアン は ぴたつと 立ちどま つて すばやく 弓 を 空 に ひき まし た 。 そこ から 一 羽 の 鶴 が ふらふら と 落ち て 來 て 、 また 走り出し た インデアン の 大きく ひろげ た 兩手 に 落ちこみ まし た 。 
インデアン は うれし さ うに 立つ て わら ひ まし た 。 そして その 鶴 を もつ て こ つ ち を 見 て ゐる 影 も 、 もう どんどん 小さく 遠く なり 、 電 しん ば しら の 碍子 が き ら つき ら つと 續 い て 二つ ばかり 光 つて 、 また た う もろこし の 林 に なつ て しまひ まし た 。 
こ つ ち 側 の 窓 を 見 ます と 、 汽車 は ほん た うに 高い 高い 崖 の 上 を 走 つて ゐ て 、 その 谷 の 底 に は 川 が やつ ぱり 幅 ひろく 明るく 流れ て ゐ た の です 。 
「 ええ 、 もうこ の 邊 から 下り です 。 何せ こんど は 一 ぺん に あの 水面 まで おり て 行く ん です から 容易 ぢ や あり ませ ん 。 この 傾斜 が ある もん です から 、 汽車 は 決して 向う から こ つ ち へ は 來 ない ん です 。 そら 、 もう だんだん 早く な つた で せ う 。 」 さつき の 老人 らしい 聲 が 云 ひ まし た 。 
どんどん どんどん 汽車 は 降り て 行き まし た 。 崖 の はし に 鐵 道 が かかる とき は 、 川 が 明るく 下 に のぞけ た の です 。 
ジヨバンニ は だんだん こころ もち が 明るく な つて 來 まし た 。 
汽車 が 小さな 小屋 の 前 を 通 つて 、 その 前 に しよ ん ぼり ひとり の 子供 が 立つ て こ つ ち を 見 て ゐる とき など は 思は ず 、 ほう 、 と 叫び まし た 。 
どんどん どんどん 汽車 は 走 つ て 行き まし た 。 室 中 の ひと たち は 、 半分 うし ろ の 方 へ 倒れる やう に なり ながら 、 腰掛 に し つかり しがみつい て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は 思は ず カムパネルラ と わら ひ まし た 。 もう そして 天の川 は 汽車 の すぐ 横手 を 、 いま また よほど 激しく 流れ て 來 たらしく 、 ときどき ちらちら 光 つて ながれ て ゐる の でし た 。 うす あかい 河原 なでしこ の 花 が あちこち 咲い て ゐ まし た 。 汽車 は やう やく 落ちつい た やう に ゆ つくり と 走 つて ゐ まし た 。 
向う とこ つ ちの 岸 に 、 星 の かたち と つるはし を 書い た 旗 が たつ て ゐ まし た 。 
「 あれ 、 何 の 旗 だら う ね 。 」 ジヨバンニ が やつ と もの を 云 ひ まし た 。 
「 さあ 、 わから ない ねえ 。 地 圖 に も ない ん だ もの 。 鐵 の 舟 が おい て ある ねえ 。 」 
「 ああ 。 」 
「 橋 を 架ける とこ ぢ や ない んで せ う か 。 」 女の子 が 云 ひ まし た 。 
「 ああ 、 あれ 工兵 の 旗 だ ねえ 。 架橋 演習 を し てる ん だ 。 けれど 兵隊 の かたち が 見え ない ねえ 。 」 
その 時 向う岸 ちかく 、 少し 下流 の 方 で 、 見え ない 天の川 の 水 が ぎらつと 光 つて 、 柱 の やう に 高く はねあがり 、 ど おと 烈しい 音 が し まし た 。 
「 發破 だ よ 。 發破 だ よ 。 」 カムパネルラ は こ を どり し まし た 。 
その 柱 の やう に なつ た 水 は 見え なく なり 、 大きな 鮭 や 鱒 が き ら つき ら つと 白く 腹 を 光らせ て 空中 に 抛り出さ れ て 、 圓 い 輪 を 描い て また 水 に 落ち まし た 。 
ジヨバンニ は もう はねあがり た いくら ゐ 氣持 が 輕 く な つて 云 ひ まし た 。 
「 空 の 工兵 大隊 だ 。 どう だ 、 鱒 や なんか が まるで こんなに な つて はねあげ られ た ねえ 。 僕 こんな 愉快 な 旅 は し た こと ない 。 いい ねえ 。 」 
「 あの 鱒 なら 近く で 見 たら これ くら ゐ ある ねえ 、 たくさん さかな 居る ん だ な 、 この 水 の 中 に 。 」 
「 小さな お 魚 も ゐる んで せ う か 。 」 女の子 が 話 に つり 込ま れ て 云 ひ まし た 。 
「 居る んで せ う 。 大きな の が 居る ん だ から 小さい の も ゐる んで せ う 。 けれど 遠く だ から 、 いま 小さい の 見え なかつ た ねえ 。 」 ジヨバンニ は もうす つかり 機嫌 が 直 つて 、 面白 さ うに わら つて 女の子 に 答 へ まし た 。 
「 あれ き つと 雙子 の お 星 さま の お宮 だ よ 。 」 男の子 が 、 いきなり 窓 の 外 を さして 叫び まし た 。 
右手 の 低い 丘 の 上 に 小さな 水晶 で でも こさえ た やう な 二つ の お宮 が ならん で 立つ て ゐ まし た 。 
「 雙子 の お 星 さま の お宮 つて 何 だい 。 」 
「 あたし 前 に なん べ ん も お母さん から 聞い た わ 、 ちや ん と 小さな 水晶 の お宮 で 二つ なら んで ゐる から き つ と さ う だ わ 。 」 
「 はなし て ごらん 。 雙子 の お 星 さま が 何 し た つて の 。 」 
「 ぼく も 知 つて らい 。 雙子 の お 星 さま が 野原 へ 遊び に で て 、 からす と 喧嘩 し た ん だら う 。 」 
「 さ う ぢ や ない わ よ 。 あの ね 、 天の川 の 岸 に ね 、 お つかさ ん お話 なす つ た わ 。 … … 」 
「 それから 彗星 が 、 ギーギーフーギーギーフー て 云 つて 來 た ねえ 。 」 
「 いや だ わ た あ ちや ん 、 さ う ぢ や ない わ よ 。 それ は べつ の 方 だ わ 。 」 
「 すると あすこ に いま 笛 を 吹い て 居る ん だら う か 。 」 
「 いま 海 へ 行 つて ら あ 。 」 
「 いけ ない わ よ 。 もう 海 から あ が つて いら つ し やつ た の よ 。 」 
「 さ うさ う 、 ぼく 知 つて ら あ 、 ぼく お はなし しよ う 。 」 
＊ 　 　 　 　 　 ＊ 
川 の 向う岸 が 俄 に 赤く なり まし た 。 
楊 の 木 や 何 かも まつ 黒 に すかし 出さ れ 、 見え ない 天の川 の 波 も ときどき ちらちら 針 の やう に 赤く 光り まし た 。 
まつ たく 向う岸 の 野原 に 大きな まつ 赤 な 火 が 燃さ れ 、 その 黒い けむり は 高く 桔梗 いろ の つめた さ う な 天 を も 焦がし さ う でし た 。 ルビー より も 赤く すき と ほり 、 リチウム より も 、 うつくしく 醉 つたや うに な つて その 火 は 燃え て ゐる の でし た 。 
「 あれ は 何 の 火 だら う 。 あんな 赤く 光る 火 は 何 を 燃せ ば できる ん だら う 。 」 ジヨバンニ が 云 ひ まし た 。 
「 蝎 の 火 だ な 。 」 カムパネルラ が 又 地 圖 と 首 つ 引き し て 答 へ まし た 。 
「 あら 、 蝎 の 火 の こと なら あたし 知 つて る わ 。 」 
「 蝎 の 火 つて 何 だい 。 」 ジヨバンニ が きき まし た 。 
「 蝎 が やけ て 死ん だ の よ 。 その 火 が いま でも 燃え てる つて 、 あたし 何 べ ん も お父さん から 聽 い た わ 。 」 
「 蝎 つて 、 蟲 だら う 。 」 
「 ええ 、 蝎 は 蟲 よ 。 だ けど いい 蟲 だ わ 。 」 
「 蝎 いい 蟲 ぢ や ない よ 。 僕 博物館 で アルコール に つけ て ある の 見 た 。 尾 に こんな かぎ が あつ て 、 それ で 刺さ れる と 死ぬ つて 先生 が 云 つ た よ 。 」 
「 さ う よ 。 だ けど いい 蟲 だ わ 、 お父さん 斯 う 云 つたの よ 。 むかし バルドラ の 野原 に 一 ぴき の 蝎 が ゐ て 、 小さな 蟲 や なんか 殺し て たべ て 生き て ゐ た ん です つて 。 すると ある 日 、 い たち に 見附 かつて 食べ られ さ うに なつ たん です つて 。 さそり は 一生けん命 遁 げ て 遁 げ た けど 、 とうとう い たち に 押 へ られ さ うに なつ た わ 。 その とき 、 いきなり 前 に 井戸 が あつ て その 中 に 落ち て し まつ た わ 。 
もう どうして も あがら れ ない で 、 さそり は 溺れ はじめ た の よ 。 その とき さそり は 斯 う 云 つて お祈り し た といふ の 。 
ああ 、 わたし は いま まで いくつ の もの の 命 を とつ た か わから ない 、 そして その 私 が こんど い たち に とら れよ う と し た とき は あんなに 一生懸命 にげ た 。 それでも とうとう こんなに な つて し まつ た 。 ああ なんにも あて に なら ない 。 どうして わたし は わたし の からだ を 、 だま つて い たち に 呉れ て やら なかつ たら う 。 そしたら い たち も 一 日 生きのび たら うに 。 どうか 神さま 。 私 の 心 を ごらん 下さい 。 こんなに むなしく 命 を すて ず 、 どうか この 償 に は 、 まこと の みんな の 幸 の ため に 私 の からだ を お つか ひ 下さい 。 つて 云 つた といふ の 。 そしたら いつか 蝎 はじ ぶん の から だ が 、 まつ 赤 な うつくしい 火 に な つて 燃え て 、 よる の やみ を 照らし て ゐる の を 見 た つて 。 
いつ まで も 燃え てる つて お父さん 、 仰 つ し やつ た わ 。 ほん た うに あの 火 、 それ だ わ 。 」 
「 さ う だ 。 見 たま へ 。 そこら の 三角 標 は ちやう ど さそり の 形 に ならん で ゐる よ 。 」 
ジヨバンニ は まつ たく その 大きな 火 の 向う に 、 三つ の 三角 標 が 、 さそり の 腕 の やう に 、 こ つ ち に 五つ の 三角 標 が さそり の 尾 や かぎ の やう に ならん で ゐる の を 見 まし た 。 そして ほん た うに その まつ 赤 な うつくしい さそり の 火 は 音 なく あかるく あかるく 燃え た の です 。 
その 火 が だんだん うし ろ の 方 に なる につれて 、 みんな は 何とも 云 へ ず に ぎやかなさまざまの 樂 の 音 や 草花 の 匂 の やう な もの 、 口笛 や 人々 の ざわざわ 云 ふ 聲 やら を 聞き まし た 。 
それ は もう ぢ きち かく に 町 か 何 か が あつ て 、 そこ に お祭 で も ある といふ やう な 氣 が する の でし た 。 
「 ケンタウルス 、 露 を ふらせ 。 」 いきなり いま まで 睡 つ て い た ジヨバンニ の となり の 男の子 が 、 向う の 窓 を 見 ながら 叫ん で ゐ まし た 。 
あ あそこ に は クリスマス トリイ の やう に まつ 青 な 唐 檜 か もみ の 木 が たつ て 、 その 中 に は たくさん の たくさん の 豆 電 燈 が まるで 千 の 螢 で も 集 つ た やう について ゐ まし た 。 
「 ああ 、 さ う だ 。 今夜 ケンタウル 祭 だ ねえ 。 」 
「 ああ 、 ここ は ケンタウル の 村 だ よ 。 」 カムパネルラ が すぐ 云 ひ まし た 。 
… … （ 次 の 原稿 一 枚 位 なし ） … … 
「 ボール 投げ なら 僕 決して は づさない 。 」 
男の子 が 大 威 張 で 云 ひ 出し まし た 。 
「 もう ぢ き サウザンクロス です 。 おりる 支度 を し て 下さい 。 」 青年 が みんな に 云 ひ まし た 。 
「 僕 、 も 少し 汽車 へ 乘 つ てる ん だ よ 。 」 男の子 が 云 ひ まし た 。 
カムパネルラ の となり の 女の子 は そ は そ は 立つ て 支度 を はじめ まし た 。 けれども やつ ぱり ジヨバンニ たち と わか れ たく ない やう な やう す でし た 。 
「 ここ で おり なけ あ いけ ない の です 。 」 青年 は きち つと 口 を 結ん で 男の子 を 見おろし ながら 云 ひ まし た 。 
「 厭 だい 。 僕 、 もう少し 汽車 へ 乘 つて から 行く ん だい 。 」 
ジヨバンニ が こら へ 兼ね て 云 ひ まし た 。 
「 僕 たち と 一緒 に 乘 つて 行か う 。 僕 たち どこ まで だ つて 行ける 切符 持つ てる ん だ 。 」 
「 だけど あたし たち 、 もう ここ で 降り なけ あ いけ ない の よ 、 ここ 天上 へ 行く とこ な ん だ から 。 」 女の子 が さびしさ うに 云 ひ まし た 。 
「 天上 へ なんか 行か なく たつ て いい ぢ や ない か 。 ぼく たち ここ で 天上 より も もつ と いい とこ を こ さ へ なけ あ いけ ない つて 僕 の 先生 が 云 つ た よ 。 」 
「 だ つて お母さん も 行 つて ら つ し やる し 、 それ に 神さま も 仰 つ し やる ん だ わ 。 」 
「 そんな 神さま うそ の 神さま だい 。 」 
「 あなた の 神さま うそ の 神さま よ 。 」 
「 さ う ぢ や ない よ 。 」 
「 あなた の 神さま つて どんな 神さま です か 。 」 
青年 は 笑 ひ ながら 云 ひ まし た 。 
「 ぼく ほん た う は よく 知り ませ ん 。 けれども そんな ん で なし に 、 ほん た うの たつ た 一 人 の 神さま です 。 」 
「 ほん た う の 神さま は もちろん たつ た 一 人 です 。 」 
「 ああ 、 そんな ん で なし に たつ た ひとり の ほん た う の ほん た う の 神さま です 。 」 
「 だから さ う ぢ や あり ませ ん か 。 わたくし は あなた 方 が いま に その ほん た う の 神さま の 前 に 、 わたくし たち と お 會 ひ に なる こと を 祈り ます 。 」 青年 は つつましく 兩手 を 組み まし た 。 
女の子 もち や うど その 通り に し まし た 。 みんな ほん た うに 別れ が 惜し さ う で 、 その 顏 いろ も 少し 青ざめ て 見え まし た 。 ジヨバンニ は あぶなく 聲 を あげ て 泣き 出さ う と し まし た 。 
「 さあ もう 支度 は いい ん です か 。 ぢ き サウザンクロス です から 。 」 
ああ その とき でし た 。 見え ない 天の川 の ず うつ と 川下 に 青 や 橙 や 、 もう あらゆる 光 で ちりばめ られ た 十字架 が 、 まるで 一 本 の 木 といふ 風 に 川 の 中 から 立つ て かがやき 、 その 上 に は 青じろい 雲 が まるい 環 に な つて 後光 の やう に か かつて ゐる の でし た 。 
汽車 の 中 が まるで ざわざわ し まし た 。 みんな あの 北 の 十字 の とき の やう に まつ すぐ に 立つ て お祈り を はじめ まし た 。 
あつ ち に も こ つ ち に も 子供 が 瓜 に 飛 びついたときのやうなよろこびの 聲 や 、 何とも 云 ひ やう の ない 深い つつましい ためいき の 音 ばかり きこえ まし た 。 そして だんだん 十字架 は 窓 の 正面 に なり 、 あの 苹果 の 肉 の やう な 青じろい 銀 の 雲 も 、 ゆるやか に ゆるやか に 繞 つて ゐる の が 見え まし た 。 
「 ハルレヤ 、 ハルレヤ 。 」 明るく たのしく みんな の 聲 は ひびき 、 みんな は その そら の 遠く から 、 つめたい そら の 遠く から 、 すき と ほ つた 何とも 云 へ ず さわやか な ラツパ の 聲 を きき まし た 。 そして たくさん の シグナル や 電 燈 の 灯 の なか を 汽車 は だんだん ゆるやか に なり 、 とうとう 十字架 の ちやう ど ま 向 ひ に 行 つて す つかり とまり まし た 。 
「 さあ 、 降りる ん です よ 。 」 青年 は 男の子 の 手 を ひき 、 姉 はじ ぶん の えり や 肩 を な ほし ながら だんだん 向う の 出口 の 方 へ 歩き 出し まし た 。 
「 ぢ や さよなら 。 」 女の子 が ふり か へ つて 二 人 に 云 ひ まし た 。 
「 さや なら 。 」 ジヨバンニ は まるで 泣き 出し たい の を こら へ て 、 怒 つ た やう に ぶつ きら 棒 に 云 ひ まし た 。 
女の子 は いかにも つら さ うに 眼 を 大きく し て 、 も 一度 こ つ ち を ふり か へ つて それ から あと は もう だま つて 出 て 行 つ て しまひ まし た 。 汽車 の 中 は もう 半分 以上 も 空い て しまひ 、 俄 か に がらん として さびしく なり 、 風 が い つ ぱいに 吹き込み まし た 。 
そして 見 て ゐる と みんな は つつましく 列 を 組ん で 、 あの 十字架 の 前 の 天の川 の なぎさ に ひざ ま づい て ゐ まし た 。 そして その 見え ない 天の川 の 水 を わ たつ て 、 ひとり の 神々しい 白い きもの の 人 が 手 を のばし て こ つ ち へ 來 る の を 二 人 は 見 まし た 。 けれども その とき は もう 硝子 の 呼子 は 鳴らさ れ 汽車 は うごき だし 、 と 思ふ うち に 銀 いろ の 霧 が 川下 の 方 から 、 すう つと 流れ て 來 て 、 もうそ つ ち は 何 も 見え なく なり まし た 。 ただ たくさん の くるみ の 木 が 葉 を さん さん と 光らし て その 霧 の 中 に 立ち 、 黄金 の 圓 光 を もつ た 電 氣栗鼠 が 、 可愛い 顏 を その 中 から ちらちら のぞか し て ゐる だけ でし た 。 
その とき 、 す うつ と 霧 が はれ かかり まし た 。 どこ か へ 行く 街道 らしい 小さな 電 燈 の 一 列 に つい た 通り が あり まし た 。 それ は しばらく 線路 に 沿 つて 進ん で ゐ まし た 。 
そして 二 人 が その あかし の 前 を 通 つ て 行く とき は 、 その 小さな 豆 いろ の 火 は ちやう ど 挨拶 でも する やう に ぽか つと 消え 、 二 人 が 過ぎ て 行く とき また 點 く の でし た 。 
ふり か へ つて 見る と 、 さつき の 十字架 は す つかり 小さく な つ て しまひ 、 ほん た うに もう 、 そのまま 胸 に も 吊さ れ さ うに なり 、 さつき の 女の子 や 青年 たち が その 前 の 白い 渚 に まだ ひざ ま づい て ゐる の か 、 それとも どこ か 方角 も わから ない その 天上 へ 行 つたの か 、 ぼんやり し て 見分け られ ませ ん でし た 。 
ジヨバンニ は 、 ああ 、 と 深く 息 し まし た 。 
「 カムパネルラ 、 また 僕 たち 二 人 きり に なつ た ねえ 、 どこ まで も どこ まで も 一緒 に 行か う 。 僕 は もう 、 あの さそり の やう に ほん た うに みんな の 幸 の ため なら ば 僕 の からだ なんか 、 百 ぺん 灼い て も かま は ない 。 」 
「 うん 。 僕 だ つて さ う だ 。 」 カムパネルラ の 眼 に は きれい な 涙 が うかん で ゐ まし た 。 
「 けれども ほん た う の さい は ひ は 一 體何 だら う 。 」 
ジヨバンニ が 云 ひ まし た 。 
「 僕 わから ない 。 」 カムパネルラ が ぼんやり 云 ひ まし た 。 
「 僕 たち し つかり やら う ねえ 。 」 ジヨバンニ が 胸 い つ ぱい 新 らしい 力 が 湧く やう に ふう と 息 を し ながら 云 ひ まし た 。 
「 あ 、 あすこ 石炭 袋 だ よ 。 そら の 孔 だ よ 。 」 カムパネルラ が 、 少し そつ ち を 避ける やう に し ながら 天の川 の ひと とこ を 指さし まし た 。 
ジヨバンニ は そつ ち を 見 て 、 まるで ぎく つ と し て しまひ まし た 。 天の川 の 一 と とこ に 大きな まつ くら な 孔 が 、 ど ほん と あい て ゐる の です 。 その 底 が どれほど 深い か 、 その 奧 に 何 が ある か 、 いくら 眼 を こす つて のぞい て も なんにも 見え ず 、 ただ 眼 が しんしん と 痛む の でし た 。 ジヨバンニ が 云 ひ まし た 。 
「 僕 、 もう あんな 大きな 闇 の 中 だ つ てこ はく ない 、 きつ と みんな の ほん た う の さい は ひ を さがし に 行く 、 どこ まで も どこ まで も 僕 たち 一緒 に 進ん で 行か う 。 」 
「 ああ きつ と 行く よ 。 」 
カムパネルラ は 俄 か に 窓 の 遠く に 見える きれい な 野原 を 指さし て 叫び まし た 。 
「 ああ 、 あすこ の 野原 は なんて きれい だら う 。 みんな 集 つ てる ねえ 。 あすこ が ほん た う の 天上 な ん だ 。 あつ 、 あすこ に ゐる の は ぼく の お母さん だ よ 。 」 
ジヨバンニ も そつ ち を 見 まし た けれども 、 そこ は ぼんやり 白く けむ つて ゐる ばかり 、 どうしても カムパネルラ が 云 つ た やう に 思は れ ませ ん でし た 。 
何とも 云 へ ず さびしい 氣 が し て 、 ぼんやり そつ ち を 見 て ゐ まし たら 、 向う の 河岸 に 二 本 の 電信 ば しら が 丁度 兩方 から 腕 を 組ん だ やう に 赤い 腕木 を つらね て 立つ て ゐ まし た 。 
「 カムパネルラ 、 僕 たち 一緒 に 行か う ねえ 。 」 ジヨバンニ が 斯 う 云 ひ ながら ふり か へ つて 見 まし たら 、 その いま まで カムパネルラ の 坐 つて ゐ た 席 に 、 もう カムパネルラ の 形 は 見え ず 黒い びろう ど ばかり ひか つ て ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は まるで 鐵 砲 彈 の やう に 立ちあがり まし た 。 そして 窓 の 外 へ からだ を 乘 り 出し て 、 力 い つ ぱいはげしく 胸 を うつ て 叫び 、 それから もう 咽喉 い つ ぱい 泣き だし まし た 。 
もう そこら が 一 ぺん に まつ くら に なつ た やう に 思ひ まし た 。 その とき 、 
「 お ま へ はい つたい 何 を 泣い て ゐる の 。 ちよ つと こ つ ち を ごらん 。 」 いま まで たびたび 聞え た 、 あの やさしい セロ の やう な 聲 が ジヨバンニ の うし ろ から 聞え まし た 。 
ジヨバンニ は 、 はつ と 思 つて 涙 を はら つ て そつ ち を ふり向き まし た 。 
さつき まで カムパネルラ の 坐 つて ゐ た 席 に 黒い 大きな 帽子 を か ぶつ た 青白い 顏 の 痩せ た 大人 が 、 やさしく わら つて 大きな 一 册 の 本 を もつ て ゐ まし た 。 
「 お ま へ の ともだち が どこ か へ 行 つたの だら う 。 あの ひと はね 、 ほん た う にこん や 遠く へ 行 つたの だ 。 お ま へ は もう カムパネルラ を さがし て も むだ だ 。 」 
「 ああ 、 どうして な ん です か 。 ぼく は カムパネルラ と いつ しよ に まつ すぐ に 行か う と 云 つ た ん です 。 」 
「 ああ 、 さ う だ 。 みんな が さ う 考へる 。 けれども いつ しよ に 行け ない 。 そして みんな が カムパネルラ だ 。 
お ま へ が あふ どんな ひと で も 、 みんな 何 べ ん も お ま へ と いつ しよ に 苹果 を たべ たり 汽車 に 乘 つ たり し た の だ 。 
だから やつ ぱりおまへはさつき 考へ た やう に 、 あらゆる ひと の いちばん の 幸福 を さがし 、 みんな と 一 しよ に 早く そこ に 行く が いい 。 そこで ばかり お ま へ は ほん た うに カムパネルラ と いつ まで も い つ しよ に 行ける の だ 。 」 
「 ああ ぼく は き つ と さ う し ます 。 ぼく は どうして それ を もとめ たら いい で せ う 。 」 
「 ああ わたくし も それ を もとめ て ゐる 。 お ま へ は お ま へ の 切符 を し つかり もつ て おい で 。 そして 一 しん に 勉強 し なけ あ いけ ない 。 お ま へ は 化 學 を なら つ たら う 。 水 は 酸素 と 水素 から でき て ゐる と いふ こと を 知 つて ゐる 。 いま は だれ だ つ て それ を 疑 や し ない 。 實 驗 し て 見る と ほん た うに さうな ん だ から 。 
けれども 昔 は それ を 水銀 と 鹽 で でき て ゐる と 云 つ たり 、 水銀 と 硫黄 で でき て ゐる と 云 つ たり いろいろ 議論 し た の だ 。 みんな が めい めいじ ぶん の 神さま が ほん た う の 神さま だ と いふ だら う 。 けれども お 互 ほか の 神さま を 信ずる 人 たち の し た こと で も 涙 が こぼれる だら う 。 それから ぼく たち の 心 が いい とか わるい とか 議論 する だら う 。 そして 勝負 が つか ない だら う 。 けれども もし 、 お ま へ が ほん た うに 勉強 し て 、 實 驗 で ちや ん と ほん た う の 考 へ と 、 うそ の 考 へ と を 分け て しまへ ば 、 その 實 驗 の 方法 さ へ きまれ ば 、 もう 信仰 も 化 學 と 同じ やう に なる 。 けれども 、 ね 、 ちよ つと この 本 を ごらん 。 いい かい 。 これ は 地理 と 歴史 の 辭典 だ よ 。 この 本 の この 頁 はね 、 紀元前 二 千 二 百 年 の 地理 と 歴史 が 書い て ある 。 よく ごらん 、 紀元前 二 千 二 百 年 の こと で ない よ 。 紀元前 二 千 二 百 年 の ころ に みんな が 考へ て ゐ た 地理 と 歴史 といふ もの が 書い て ある 。 
だから この 頁 一つ が 一 册 の 地 歴 の 本 に あたる ん だ 。 いい かい 、 そして この 中 に 書い て ある こと は 紀元前 二 千 二 百 年 ころ に は たいてい 本 當 だ 。 さがす と 證據 も ぞくぞく と 出 て ゐる 。 けれども それ が 少し どう か な と 斯 う 考へ だし て ごらん 、 そら 、 それ は 次 の 頁 だ よ 。 
紀元前 一 千 年 。 だいぶ 地理 も 歴史 も 變 つ てる だら う 。 この とき に は 斯 う な の だ 。 變 な 顏 し て は いけ ない 。 ぼく たち は ぼく たち の からだ だ つて 考へ だ つて 、 天の川 だ つて 汽車 だ つて 歴史 だ つて 、 たださ う 感じ て ゐる だけ な ん だ から 、 そら ごらん 、 ぼく と いつ しよ に すこし こころ もち を しづか に し て ごらん 。 いい か 。 」 
その ひと は 指 を 一 本 あげ て しづか に それ を おろし まし た 。 
すると いきなり ジヨバンニ は 自分 といふ もの が じ ぶん の 考 へ と いふ もの が 、 汽車 や その 學 者 や 天の川 や みんな いつ しよ に ぽか つと 光 つて 、 しいんと なく な つて ぽか つと と もつ て また なく な つて 、 そして その 一つ が ぽか つと ともる と あらゆる 廣 い 世界 が がらんと ひらけ 、 あらゆる 歴史 が そ な はり 、 す つ と 消える と もう がらん と し た ただ も うそ れつ きり に なつ て しまふ の を 見 まし た 。 
だんだん それ が 早く な つて 、 まもなく す つかり もと の と ほり に なり まし た 。 
「 さあ いい か 。 だから お ま へ の 實 驗 は この きれ ぎれの 考 へ の はじめ から 終り すべて にわたる やう で なけれ ば いけ ない 。 それ が むづかしいことなのだ 。 けれども 、 もちろん その とき だけ の でも いい の だ 。 ああ ごらん 、 あすこ に プレアデス が 見える 。 お ま へ は あの プレアデス の 鎖 を 解か なけれ ば なら ない 。 」 
その とき まつ くら な 地平線 の 向う から 青じろい のろし が まるで ひるま の やう に うちあげ られ 、 汽車 の 中 は す つかり 明るく なり まし た 。 
そして のろし は 高く そら に か かつて 光り つづけ まし た 。 
「 ああ マジエラン の 星雲 だ 。 さあ も うき つ と 僕 は 僕 の ため に 、 僕 の お母さん の ため に 、 カムパネルラ の ため に 、 みんな の ため に 、 ほん た う の ほん た う の 幸福 を さがす ぞ 。 」 
ジヨバンニ は 唇 を 噛ん で 、 その いちばん 幸福 な その ひと の ため に 、 その マジエラン の 星雲 を のぞん で 立ち まし た 。 
「 さあ 、 切符 を し つかり 持つ て おい で 。 お前 は もう 夢 の 鐵 道 の 中 で なし に 本 當 の 世界 の 火 や はげしい 波 の 中 を 大股 に まつ すぐ に 歩い て 行か なけれ ば いけ ない 。 天の川 の なか で たつ た 一つ の ほん た うの その 切符 を 決して お ま へ は なくし て は いけ ない 。 」 
あの セロ の やう な 聲 が し た と 思ふ と ジヨバンニ は 、 あの 天の川 が も うまる で 遠く 遠く な つて 風 が 吹き 、 自分 は まつ すぐ に 草 の 丘 に 立つ て ゐる の を 見 、 また 遠く から あの ブルカニロ 博士 の 足 おと の しづか に 近づい て 來 る の を きき まし た 。 
「 ありがたう 。 私 は 大 へん いい 實 驗 を し た 。 私 は こんな しづか な 場所 で 、 遠く から 私 の 考 へ を 人 に 傳 へる 實 驗 を し たい と さ つき 考へ て ゐ た 。 お前 の 云 つた 言葉 は みんな 私 の 手帖 に とつ て ある 。 さあ 歸 つて おやすみ 。 お前 は 夢 の 中 で 決心 し た と ほり まつ すぐ に 進ん で 行く が いい 。 そして これから 何 でも いつ でも 私 の ところ へ 相談 に おい で なさい 。 」 
「 僕 き つと まつ すぐ に 進み ます 。 きつ と ほん た う の 幸福 を 求め ます 。 」 
ジヨバンニ は 力強く 云 ひ まし た 。 
「 ああ では さよなら 。 これ は さつき の 切符 です 。 」 
博士 は 小さく 折 つた 緑 いろ の 紙 を 、 ジヨバンニ の ポケツト に 入れ まし た 。 
そして もう その かたち は 天 氣輪 の 柱 の 向う に 見え なく な つて ゐ まし た 。 
ジヨバンニ は まつ すぐ に 走 つて 丘 を おり まし た 。 
そして ポケツト が 大 へん 重く カチカチ 鳴る のに 氣 が つき まし た 。 林 の 中 で と まつ て それ を しらべ て 見 まし たら 、 あの 緑 いろ の さつき 夢 の 中 で み た あやしい 天 の 切符 の 中 に 、 大きな 二 枚 の 金貨 が 包ん で あり まし た 。 
「 博士 ありがたう 、 お つかさ ん 。 すぐ 乳 を もつ て 行き ます よ 。 」 
ジヨバンニ は 叫ん で また 走り はじめ まし た 。 何 か いろいろ の もの が 一 ぺん に ジヨバンニ の 胸 に 集 つて 何とも 云 へ ず かなしい やう な 親しい やう な 氣 が する の でし た 。 
琴 の 星 が ず うつ と 西 の 方 へ 移 つて そして また 夢 の やう に 足 を のばし て ゐ まし た 。 
