どっ どど 　 どど うど 　 どど うど 　 どど う 
青い くるみ も 吹きとばせ 
すっぱい か りん も 吹きとばせ 
どっ どど 　 どど うど 　 どど うど 　 どど う 
谷川 の 岸 に 小さな 学校 が あり まし た 。 
教室 は たった 一つ でし た が 生徒 は 三 年生 が ない だけ で 、 あと は 一 年 から 六 年 まで みんな あり まし た 。 運動 場 も テニス コート の くらい でし た が 、 すぐ うし ろ は 栗 の 木 の ある きれい な 草 の 山 でし た し 、 運動 場 の すみ に は ご ぼ ご ぼつ め たい 水 を 噴く 岩穴 も あっ た の です 。 
さわやか な 九月 一 日 の 朝 でし た 。 青 ぞ ら で 風 が どう と 鳴り 、 日光 は 運動 場 いっぱい でし た 。 黒い 雪袴 を はい た 二 人 の 一 年生 の 子 が ど て を まわっ て 運動 場 に は いっ て 来 て 、 まだ ほか に だれ も 来 て い ない の を 見 て 、 「 ほう 、 おら 一等 だ ぞ 。 一等 だ ぞ 。 」 と かわるがわる 叫び ながら 大 よろこび で 門 を はいっ て 来 た の でし た が 、 ちょっと 教室 の 中 を 見 ます と 、 二 人 と も まるで びっくり し て 棒立ち に なり 、 それから 顔 を 見合わせ て ぶるぶる ふるえ まし た が 、 ひとり は とうとう 泣き 出し て しまい まし た 。 という わけ は 、 その しん と し た 朝 の 教室 の なか に どこ から 来 た の か 、 まるで 顔 も 知ら ない おかしな 赤い 髪 の 子供 が ひとり 、 いちばん 前 の 机 に ちゃんと すわっ て い た の です 。 そして その 机 と いっ たら まったく この 泣い た 子 の 自分 の 机 だっ た の です 。 
も ひとり の 子 も もう 半分 泣き かけ て い まし た が 、 それでも むりやり 目 を りん と 張っ て 、 そっち の ほう を にらめ て い まし たら 、 ちょうど その とき 、 川上 から 、 
「 ちょう は あ 　 かぐ り 　 ちょう は あ 　 かぐ り 。 」 と 高く 叫ぶ 声 が し て 、 それから まるで 大きな から す の よう に 、 嘉助 が かばん を かかえ て わらっ て 運動 場 へ かけ て 来 まし た 。 と 思っ たら すぐ その あと から 佐太郎 だの 耕 助 だの どやどや やってき まし た 。 
「 なし て 泣い で ら 、 う なか も た の が 。 」 嘉助 が 泣か ない こども の 肩 を つかまえ て 言い まし た 。 すると その 子 も わあ と 泣い て しまい まし た 。 おかしい と おもっ て みんな が あたり を 見る と 、 教室 の 中 に あの 赤毛 の おかしな 子 が すまし て 、 しゃんと すわっ て いる の が 目 に つき まし た 。 
みんな は しんと なっ て しまい まし た 。 だんだん みんな 女の子 たち も 集まっ て 来 まし た が 、 だれ も なんとも 言え ませ ん でし た 。 
赤毛 の 子ども は いっこう こわがる ふう も なく やっぱり ちゃんと すわっ て 、 じっと 黒板 を 見 て い ます 。 すると 六 年生 の 一 郎 が 来 まし た 。 一郎 は まるで おとな の よう に ゆっくり 大 また に やってき て 、 みんな を 見 て 、 
「 何 し た 。 」 と きき まし た 。 
みんな は はじめて がやがや 声 を たて て その 教室 の 中 の 変 な 子 を 指さし まし た 。 一郎 は しばらく そっち を 見 て い まし た が 、 やがて 鞄 を しっかり かかえ て 、 さっさと 窓 の 下 へ 行き まし た 。 
みんな も すっかり 元気 に なっ て ついて行き まし た 。 
「 だれ だ 、 時間 に なら ない に 教室 へ は いっ てる の は 。 」 一郎 は 窓 へ はい のぼっ て 教室 の 中 へ 顔 を つき 出し て 言い まし た 。 
「 お天気 の いい 時 教室 さ は いっ てる づど 先生 に うんと し から える ぞ 。 」 窓 の 下 の 耕 助 が 言い まし た 。 
「 し から え でも おら 知ら ない よ 。 」 嘉助 が 言い まし た 。 
「 早 ぐ 出 はっ て 来 、 出 はっ て 来 。 」 一郎 が 言い まし た 。 けれども その こども は きょろきょろ 室 の 中 や みんな の ほう を 見る ばかり で 、 やっぱり ちゃんと ひざ に 手 を おい て 腰掛け に すわっ て い まし た 。 
ぜんたい その 形 から が 実に おかしい の でし た 。 変 てこ な ねずみ いろ の だぶだぶ の 上着 を 着 て 、 白い 半 ず ぼん を はい て 、 それ に 赤い 革 の 半 靴 を はい て い た の です 。 
それに 顔 と いっ たら まるで 熟し た りんご の よう 、 ことに 目 は まん丸 で まっくろ な の でし た 。 いっこう 言葉 が 通じ ない よう な ので 一 郎 も 全く 困っ て しまい まし た 。 
「 あ いづ は 外国 人 だ な 。 」 
「 学校 さ は いる の だ な 。 」 みんな は がやがや がやがや 言い まし た 。 ところが 五 年生 の 嘉助 が いきなり 、 
「 ああ 三 年生 さ は いる の だ 。 」 と 叫び まし た ので 、 
「 ああ そう だ 。 」 と 小さい こども ら は 思い まし た が 、 一郎 は だまっ て く びをまげました 。 
変 な こども は やはり きょろきょろ こっち を 見る だけ 、 きちんと 腰掛け て い ます 。 
その とき 風 が どう と 吹い て 来 て 教室 の ガラス 戸 は みんな がたがた 鳴り 、 学校 の うし ろ の 山 の 萱 や 栗 の 木 は みんな 変 に 青じろく なっ て ゆれ 、 教室 の なか の こども は なんだか に やっと わらっ て すこし うごい た よう でし た 。 
すると 嘉助 が すぐ 叫び まし た 。 
「 ああ わかっ た 。 あいつ は 風 の 又 三 郎 だ ぞ 。 」 
そう だ っと みんな も おもっ た とき 、 にわかに うし ろ の ほう で 五 郎 が 、 
「 わあ 、 痛い ぢ ゃあ 。 」 と 叫び まし た 。 
みんな そっち へ 振り向き ます と 、 五郎 が 耕 助 に 足 の ゆ びをふまれて 、 まるで おこっ て 耕 助 を なぐりつけ て い た の です 。 すると 耕 助 も おこっ て 、 
「 わあ 、 われ 悪く て で ひと 撲 い だ なあ 。 」 と 言っ て また 五 郎 を なぐろ う と し まし た 。 
五郎 は まるで 顔 じゅう 涙 だらけ に し て 耕 助 に 組み付こ う と し まし た 。 そこで 一郎 が 間 へ はいっ て 嘉助 が 耕 助 を 押え て しまい まし た 。 
「 わあ い 、 けんか する なっ たら 、 先生 あ ちゃんと 職員 室 に 来 て ら ぞ 。 」 と 一郎 が 言い ながら また 教室 の ほう を 見 まし たら 、 一郎 は にわかに まるで ぽかんと し て しまい まし た 。 
たった いま まで 教室 に い た あの 変 な 子 が 影 も かたち も ない の です 。 みんな も まるで せっかく 友だち に なっ た 子 うま が 遠く へ やら れ た よう 、 せっかく 捕っ た 山雀 に 逃げ られ た よう に 思い まし た 。 
風 が また どう と 吹い て 来 て 窓 ガラス を がたがた 言わ せ 、 うし ろ の 山 の 萱 を だんだん 上流 の ほう へ 青じろく 波だて て 行き まし た 。 
「 わあ 、 うな だ けんか し た ん だ がら 又 三郎 い なぐ なっ た な 。 」 嘉助 が おこっ て 言い まし た 。 
みんな も ほんとう に そう 思い まし た 。 五郎 は じつに 申しわけ ない と 思っ て 、 足 の 痛い の も 忘れ て しょんぼり 肩 を すぼめ て 立っ た の です 。 
「 やっぱり あいつ は 風 の 又 三 郎 だっ た な 。 」 
「 二 百 十 日 で 来 た の だ な 。 」 
「 靴 は いで だ た ぞ 。 」 
「 服 も 着 で だ た ぞ 。 」 
「 髪 赤く て おかし や づだったな 。 」 
「 ありゃ ありゃ 、 又 三郎 おれ の 机 の 上 さ 石 かけ 乗せ でっ た ぞ 。 」 二 年生 の 子 が 言い まし た 。 見る と その 子 の 机 の 上 に は きたない 石 かけ が 乗っ て い た の です 。 
「 そう だ 、 ありゃ 。 あ そご の ガラス も ぶっ かし た ぞ 。 」 
「 そ だ ない で あ 。 あい づあ 休み 前 に 嘉助 石 ぶっつけ だ の だ な 。 」 
「 わあ い 。 そ だ ない で あ 。 」 と 言っ て い た とき 、 これ は また なんと いう わけ でしょ う 。 先生 が 玄関 から 出 て 来 た の です 。 先生 は ぴかぴか 光る 呼び子 を 右手 に もっ て 、 もう 集まれ の し たく を し て いる の でし た が 、 その すぐ うし ろ から 、 さっき の 赤い 髪 の 子 が 、 まるで 権現 さま の 尾 っ ぱ 持ち の よう に すまし 込ん で 、 白い シャッポ を かぶっ て 、 先生 について すぱすぱ とある い て 来 た の です 。 
みんな は しいんと なっ て しまい まし た 。 やっと 一郎 が 「 先生 お早う ござい ます 。 」 と 言い まし た ので みんな も つい て 、 
「 先生 お早う ござい ます 。 」 と 言っ た だけ でし た 。 
「 みなさん 。 お早う 。 どなた も 元気 です ね 。 で は 並ん で 。 」 先生 は 呼び子 を ビルル と 吹き まし た 。 それ は すぐ 谷 の 向こう の 山 へ ひびい て また ビルルル と 低く 戻っ て き まし た 。 
すっかり やすみ の 前 の とおり だ と みんな が 思い ながら 六 年生 は 一 人 、 五 年生 は 七 人 、 四 年生 は 六 人 、 一 二 年生 は 十 二 人 、 組 ごと に 一 列 に 縦 に ならび まし た 。 
二 年 は 八 人 、 一 年生 は 四 人前 へ ならえ を し て ならん だ の です 。 
すると その間 あの おかしな 子 は 、 何 か おかしい の か おもしろい の か 奥歯 で 横っちょ に 舌 を かむ よう に し て 、 じろじろ みんな を 見 ながら 先生 の うし ろ に 立っ て い た の です 。 すると 先生 は 、 高田 さん こっち へ お はいり なさい と 言い ながら 五 年生 の 列 の ところ へ 連れ て 行っ て 、 丈 を 嘉助 と くらべ て から 嘉助 と その うし ろ の きよの 間 へ 立た せ まし た 。 
みんな は ふりかえっ て じっと それ を 見 て い まし た 。 
先生 は また 玄関 の 前 に 戻っ て 、 
「 前 へ ならえ 。 」 と 号令 を かけ まし た 。 
みんな は もう 一 ぺん 前 へ ならえ を し て すっかり 列 を つくり まし た が 、 じつは あの 変 な 子 が どういう ふう に し て いる の か 見 たく て 、 かわるがわる そっち を ふりむい たり 横目 で にらん だり し た の でし た 。 すると その 子 は ちゃんと 前 へ なら え でも なん でも 知っ てる らしく 平気 で 両 腕 を 前 へ 出し て 、 指 さき を 嘉助 のせ なか へ やっと 届く くらい に し て い た もの です から 、 嘉助 は なんだか せ なか が かゆく 、 くすぐったい という ふう に もじもじ し て い まし た 。 
「 直れ 。 」 先生 が また 号令 を かけ まし た 。 
「 一 年 から 順に 前 へ おい 。 」 そこ で 一 年生 は あるき 出し 、 まもなく 二 年生 も あるき 出し て みんな の 前 を ぐるっと 通っ て 、 右手 の 下駄 箱 の ある 入り口 に は いっ て 行き まし た 。 四 年生 が あるき 出す と さっき の 子 も 嘉助 の あと へ つい て 大 威張り で ある い て 行き まし た 。 前 へ 行っ た 子 も ときどき ふりかえっ て 見 、 あと の 者 も じっと 見 て い た の です 。 
まもなく みんな は は きもの を 下駄 箱 に 入れ て 教室 へ はいっ て 、 ちょうど 外 へ ならん だ とき の よう に 組 ごと に 一 列 に 机 に すわり まし た 。 さっき の 子 も すまし 込ん で 嘉助 の うし ろ に すわり まし た 。 ところが もう 大 さわぎ です 。 
「 わあ 、 おら の 机 さ 石 かけ は いっ てる ぞ 。 」 
「 わあ 、 おら の 机 代わっ てる ぞ 。 」 
「 キッコ 、 キッコ 、 う な 通信 簿 持っ て 来 た が 。 おら 忘れ で 来 た ぢ ゃあ 。 」 
「 わあ い 、 さ の 、 木 ペン 借 せ 、 木 ペン 借 せっ たら 。 」 
「 わあ が ない 。 ひと の 雑記 帳 とっ て って 。 」 
その とき 先生 が はいっ て 来 まし た ので みんな も さわぎ ながら とにかく 立ちあがり 、 一郎 が いちばん うし ろ で 、 
「 礼 。 」 と 言い まし た 。 
みんな は おじぎ を する 間 は ちょっと しんと なり まし た が 、 それから また がやがや がやがや 言い まし た 。 
「 しずか に 、 みなさん 。 しずか に する の です 。 」 先生 が 言い まし た 。 
「 しっ 、 悦治 、 や がま しっ たら 、 嘉助 え 、 喜 っ こう 。 わあ い 。 」 と 一郎 が いちばん うし ろ から あまり さわぐ もの を 一 人 ずつ しかり まし た 。 
みんな は しんと なり まし た 。 
先生 が 言い まし た 。 
「 みなさん 、 長い 夏 の お 休み は おもしろかっ た です ね 。 みなさん は 朝 から 水 泳ぎ も でき た し 、 林 の 中 で 鷹 に も 負け ない くらい 高く 叫ん だり 、 また にいさん の 草刈り について 上 の 野原 へ 行っ たり し た でしょ う 。 けれども もう きのう で 休み は 終わり まし た 。 これから は 第 二 学期 で 秋 です 。 むかし から 秋 は いちばん から だ も こころ も ひきしまっ て 、 勉強 の できる 時 だ と いっ て ある の です 。 です から 、 みなさん も きょう から また いっしょ に しっかり 勉強 し ましょ う 。 それから この お 休み の 間 に みなさん の お 友だち が 一 人 ふえ まし た 。 それ は そこ に いる 高田 さん です 。 その かた の おとうさん は こんど 会社 の ご用 で 上 の 野原 の 入り口 へ おいで に なっ て い られる の です 。 高田 さん は いま まで は 北海道 の 学校 に おら れ た の です が 、 きょう から みなさん の お 友だち に なる の です から 、 みなさん は 学校 で 勉強 の とき も 、 また 栗 拾い や 魚 とり に 行く とき も 、 高田 さん を さそう よう に し なけれ ば なり ませ ん 。 わかり まし た か 。 わかっ た 人 は 手 を あげ て ごらん なさい 。 」 
すぐ みんな は 手 を あげ まし た 。 その 高田 と よば れ た 子 も 勢い よく 手 を あげ まし た ので 、 ちょっと 先生 は わらい まし た が 、 すぐ 、 
「 わかり まし た ね 、 では よし 。 」 と 言い まし た ので 、 みんな は 火 の 消え た よう に 一 ぺん に 手 を おろし まし た 。 
ところが 嘉助 が すぐ 、 
「 先生 。 」 と いっ て また 手 を あげ まし た 。 
「 はい 。 」 先生 は 嘉助 を 指さし まし た 。 
「 高田 さん 名 は なんて 言う べ な 。 」 
「 高田 三郎 さん です 。 」 
「 わあ 、 うまい 、 そりゃ 、 やっぱり 又 三 郎 だ な 。 」 嘉助 は まるで 手 を たたい て 机 の 中 で 踊る よう に し まし た ので 、 大きな ほう の 子ども ら は どっと 笑い まし た が 、 下 の 子ども ら は 何 か こわい という ふう に し いん として 三郎 の ほう を 見 て い た の です 。 
先生 は また 言い まし た 。 
「 きょう は みなさん は 通信 簿 と 宿題 を もっ て くる の でし た ね 。 持っ て 来 た 人 は 机 の 上 へ 出し て ください 。 私 が いま 集め に 行き ます から 。 」 
みんな は ばたばた 鞄 を あけ たり ふろしき を とい たり し て 、 通信 簿 と 宿題 を 机 の 上 に 出し まし た 。 そして 先生 が 一 年生 の ほう から 順に それ を 集め はじめ まし た 。 その とき みんな は ぎょっと し まし た 。 という わけ は みんな の うし ろ の ところ に いつか 一 人 の 大人 が 立っ て い た の です 。 その 人 は 白い だぶだぶ の 麻 服 を 着 て 黒い てかてか し た はん けち を ネクタイ の 代わり に 首 に 巻い て 、 手 に は 白い 扇 を もっ て 軽 くじ ぶん の 顔 を 扇ぎ ながら 少し 笑っ て みんな を 見おろし て い た の です 。 さあ みんな は だんだん しいんと なっ て 、 まるで 堅く なっ て しまい まし た 。 
ところが 先生 は 別に その 人 を 気 に かける ふう も なく 、 順々 に 通信 簿 を 集め て 三 郎 の 席 まで 行き ます と 、 三郎 は 通信 簿 も 宿題 帳 も ない かわり に 両手 を にぎり こぶし に し て 二つ 机 の 上 に のせ て い た の です 。 先生 は だまっ て そこ を 通り すぎ 、 みんな の を 集め て しまう と それ を 両手 で そろえ ながら また 教壇 に 戻り まし た 。 
「 では 宿題 帳 は この 次 の 土曜日 に 直し て 渡し ます から 、 きょう 持っ て 来 なかっ た 人 は 、 あした きっと 忘れ ない で 持っ て 来 て ください 。 それ は 悦治 さん と 勇 治 さん と 良作 さん と です ね 。 では きょう は ここ まで です 。 あした か らち ゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい 。 それ から 四 年生 と 六 年生 の 人 は 、 先生 と いっしょ に 教室 の お 掃除 を し ましょ う 。 では ここ まで 。 」 
一郎 が 気 を つけ 、 と 言い みんな は 一 ぺん に 立ち まし た 。 うし ろ の 大人 も 扇 を 下 に さげ て 立ち まし た 。 
「 礼 。 」 先生 も みんな も 礼 を し まし た 。 うし ろ の 大人 も 軽く 頭 を 下げ まし た 。 それ から ず うっ と 下 の 組 の 子ども ら は 一目散 に 教室 を 飛び出し まし た が 、 四 年生 の 子ども ら は まだ もじもじ し て い まし た 。 
すると 三郎 は さっき の だぶだぶ の 白い 服 の 人 の ところ へ 行き まし た 。 先生 も 教壇 を おり て その 人 の ところ へ 行き まし た 。 
「 いや どうも ご苦労 さま で ござい ます 。 」 その 大人 は ていねい に 先生 に 礼 を し まし た 。 
「 じき みんな と お 友だち に なり ます から 。 」 先生 も 礼 を 返し ながら 言い まし た 。 
「 何 ぶん どうか よろしく おねがい いたし ます 。 それでは 。 」 その 人 は また ていねい に 礼 を し て 目 で 三 郎 に 合図 する と 、 自分 は 玄関 の ほう へ まわっ て 外 へ 出 て 待っ て い ます と 、 三郎 は みんな の 見 て いる 中 を 目 を りん と はっ て だまっ て 昇降 口 から 出 て 行っ て 追いつき 、 二 人 は 運動 場 を 通っ て 川下 の ほう へ 歩い て 行き まし た 。 
運動 場 を 出る とき その 子 は こっち を ふりむい て 、 じっと 学校 や みんな の ほう を にらむ よう に する と 、 また すたすた 白 服 の 大人 について 歩い て 行き まし た 。 
「 先生 、 あの 人 は 高田 さん の とうさん です か 。 」 一郎 が 箒 を もち ながら 先生 に きき まし た 。 
「 そう です 。 」 
「 なんの 用 で 来 た べ 。 」 
「 上 の 野原 の 入り口 に モリブデン という 鉱石 が できる ので 、 それ を だんだん 掘る よう に する ため だ そう です 。 」 
「 どこら あ だり だ べ な 。 」 
「 私 も まだ よく わかり ませ ん が 、 いつも みなさん が 馬 を つれ て 行く みち から 、 少し 川下 へ 寄っ た ほう な よう です 。 」 
「 モリブデン 何 に する べ な 。 」 
「 それ は 鉄 と まぜ たり 、 薬 を つくっ たり する の だ そう です 。 」 
「 そ だら 又 三郎 も 掘る べ が 。 」 嘉助 が 言い まし た 。 
「 又 三 郎 だ ない 。 高田 三郎 だ ぢ ゃ 。 」 佐太郎 が 言い まし た 。 
「 又 三 郎 だ 又 三郎 だ 。 」 嘉助 が 顔 を まっ 赤 に し て がん 張り まし た 。 
「 嘉助 、 うな も 残っ て ら ば 掃除 し て すけろ 。 」 一郎 が 言い まし た 。 
「 わあ い 。 やん た ぢ ゃ 。 きょう 四 年生 ど 六 年生 だ な 。 」 
嘉助 は 大急ぎ で 教室 を はねだし て 逃げ て しまい まし た 。 
風 が また 吹い て 来 て 窓 ガラス は また がたがた 鳴り 、 ぞう きん を 入れ た バケツ に も 小さな 黒い 波 を たて まし た 。 
次 の 日 一 郎 は あの おかしな 子供 が 、 きょう から ほんとう に 学校 へ 来 て 本 を 読ん だり する か どう か 早く 見 たい よう な 気 が し て 、 いつも より 早く 嘉助 を さそい まし た 。 ところが 嘉助 の ほう は 一 郎 より もっと そう 考え て い た と 見え て 、 とうに ごはん も たべ 、 ふろしき に 包ん だ 本 も もっ て 家 の 前 へ 出 て 一 郎 を 待っ て い た の でし た 。 二 人 は 途中 も いろいろ その 子 の こと を 話し ながら 学校 へ 来 まし た 。 すると 運動 場 に は 小さな 子供 ら が もう 七 八 人 集まっ て い て 、 棒 か くし を し て い まし た が 、 その 子 は まだ 来 て い ませ ん でし た 。 また きのう の よう に 教室 の 中 に いる の か と 思っ て 中 を のぞい て 見 まし た が 、 教室 の 中 は しいんと し て だれ も い ず 、 黒板 の 上 に は きのう 掃除 の とき ぞ うき ん で ふい た 跡 が かわい て ぼんやり 白い 縞 に なっ て い まし た 。 
「 きのう の やつ まだ 来 て ない な 。 」 一郎 が 言い まし た 。 
「 うん 。 」 嘉助 も 言っ て そこら を 見 まわし まし た 。 
一郎 は そこ で 鉄棒 の 下 へ 行っ て 、 じゃみ 上がり という やり方 で 、 無理やり に 鉄棒 の 上 に のぼり 両 腕 を だんだん 寄せ て 右 の 腕木 に 行く と 、 そこ へ 腰掛け て きのう 三 郎 の 行っ た ほう を じっと 見おろし て 待っ て い まし た 。 谷川 は そっち の ほう へ きらきら 光っ て ながれ て 行き 、 その 下 の 山の上 の ほう で は 風 も 吹い て いる らしく 、 ときどき 萱 が 白く 波立っ て い まし た 。 
嘉助 も やっぱり その 柱 の 下 で じっと そっち を 見 て 待っ て い まし た 。 ところが 二 人 は そんなに 長く 待つ こと も あり ませ ん でし た 。 それ は 突然 三郎 が その 下手 の みち から 灰 いろ の 鞄 を 右手 に かかえ て 走る よう に し て 出 て 来 た の です 。 
「 来 た ぞ 。 」 と 一郎 が 思わず 下 に いる 嘉助 へ 叫ぼ う と し て い ます と 、 早く も 三 郎 は ど て を ぐるっと まわっ て 、 どんどん 正門 を はいっ て 来る と 、 
「 お早う 。 」 と はっきり 言い まし た 。 みんな は いっしょ に そっち を ふり向き まし た が 、 一 人 も 返事 を し た もの が あり ませ ん でし た 。 
それ は 返事 を し ない の で は なく て 、 みんな は 先生 に は いつ でも 「 お早う ござい ます 。 」 という よう に 習っ て い た の です が 、 お互い に 「 お早う 。 」 なんて 言っ た こと が なかっ た のに 三郎 に そう 言わ れ て も 、 一郎 や 嘉助 は あんまり にわか で 、 また 勢い が いい ので とうとう 臆 し て しまっ て 一 郎 も 嘉助 も 口 の 中 で お早う という かわり に 、 も に ゃもにゃっと 言っ て しまっ た の でし た 。 
ところが 三郎 の ほう は べつだん それ を 苦 に する ふう も なく 、 二 三 歩 また 前 へ 進む と じっと 立っ て 、 その まっ黒 な 目 で ぐるっと 運動 場 じゅう を 見 まわし まし た 。 そして しばらく だれ か 遊ぶ 相手 が ない かさ が し て いる よう でし た 。 けれども みんな きょろきょろ 三郎 の ほう は み て い て も 、 やはり 忙し そう に 棒 か くし を し たり 三郎 の ほう へ 行く もの が あり ませ ん でし た 。 三郎 は ちょっと 具合 が 悪い よう に そこ に つっ 立っ て い まし た が 、 また 運動 場 を もう一度 見 まわし まし た 。 
それから ぜんたい この 運動 場 は 何 間 ある か という よう に 、 正門 から 玄関 まで 大 また に 歩数 を 数え ながら 歩き はじめ まし た 。 一郎 は 急い で 鉄棒 を はね おり て 嘉助 と ならん で 、 息 を こらし て それ を 見 て い まし た 。 
そのうち 三郎 は 向こう の 玄関 の 前 まで 行っ て しまう と 、 こっち へ 向い て しばらく 暗算 を する よう に 少し 首 を まげ て 立っ て い まし た 。 
みんな はや はりきろ きろ そっち を 見 て い ます 。 三郎 は 少し 困っ た よう に 両手 を うし ろ へ 組む と 向こう 側 の 土手 の ほう へ 職員 室 の 前 を 通っ て 歩き だし まし た 。 
その 時 風 が ざあっと 吹い て 来 て 土手 の 草 は ざわざわ 波 に なり 、 運動 場 の まん中 で さ あっ と 塵 が あがり 、 それ が 玄関 の 前 まで 行く と 、 きりきり と まわっ て 小さな つむじ風 に なっ て 、 黄いろ な 塵 は 瓶 を さ か さま に し た よう な 形 に なっ て 屋根 より 高く のぼり まし た 。 
すると 嘉助 が 突然 高く 言い まし た 。 
「 そう だ 。 やっぱり あ いづ 又 三郎 だ ぞ 。 あ いづ 何 か する と きっと 風 吹い て くる ぞ 。 」 
「 うん 。 」 一郎 は どう だ か わから ない と 思い ながら も だまっ て そっち を 見 て い まし た 。 三郎 は そんな こと に は かまわ ず 土手 の ほう へ やはり すたすた 歩い て 行き ます 。 
その とき 先生 が いつも の よう に 呼び子 を もっ て 玄関 を 出 て 来 た の です 。 
「 お早う ござい ます 。 」 小さな 子ども ら は みんな 集まり まし た 。 
「 お早う 。 」 先生 は ちらっと 運動 場 を 見 まわし て から 、 「 では なら んで 。 」 と 言い ながら ビルルッ と 笛 を 吹き まし た 。 
みんな は 集まっ て き て きのう の とおり きちんと ならび まし た 。 三郎 も きのう 言わ れ た 所 へ ちゃんと 立っ て い ます 。 
先生 は お 日 さま が まっ 正面 な ので すこし まぶし そう に し ながら 号令 を だんだん かけ て 、 とうとう みんな は 昇降 口 から 教室 へ はいり まし た 。 そして 礼 が すむ と 先生 は 、 
「 では みなさん きょう から 勉強 を はじめ ましょ う 。 みなさん は ちゃんと お 道具 を もっ て き まし た ね 。 では 一 年生 （ と 二 年生 ） の 人 は お 習字 の お手本 と 硯 と 紙 を 出し て 、 二 年生 と 四 年生 の 人 は 算術 帳 と 雑記 帳 と 鉛筆 を 出し て 、 五 年生 と 六 年生 の 人 は 国語 の 本 を 出し て ください 。 」 
さあ すると あっち でも こっち でも 大 さわぎ が はじまり まし た 。 中 に も 三郎 の すぐ 横 の 四 年生 の 机 の 佐太郎 が 、 いきなり 手 を のばし て 二 年生 の かよ の 鉛筆 を ひらり と とっ て しまっ た の です 。 かよ は 佐太郎 の 妹 でし た 。 すると かよ は 、 
「 うわ あ 、 兄 な 、 木 ペン 取 て わかん ない な 。 」 と 言い ながら 取り返そ う と し ます と 佐太郎 が 、 
「 わあ 、 こいつ おれ の だ なあ 。 」 と 言い ながら 鉛筆 を ふところ の 中 へ 入れ て 、 あと は シナ 人 が おじぎ する とき の よう に 両手 を 袖 へ 入れ て 、 机 へ ぴったり 胸 を くっつけ まし た 。 すると かよ は 立っ て 来 て 、 
「 兄 な 、 兄 な の 木 ペン は きのう 小屋 で なくし て しまっ た け なあ 。 よこせ っ たら 。 」 と 言い ながら 一生けん命 とり 返そ う と し まし た が 、 どうしても もう 佐太郎 は 机 に くっつい た 大きな 蟹 の 化石 みたい に なっ て いる ので 、 とうとう かよ は 立っ た まま 口 を 大きく まげ て 泣き だし そう に なり まし た 。 
すると 三郎 は 国語 の 本 を ちゃんと 机 に のせ て 困っ た よう に し て これ を 見 て い まし た が 、 かよ が とうとう ぼろぼろ 涙 を こぼし た の を 見る と 、 だまっ て 右手 に 持っ て い た 半分 ばかり に なっ た 鉛筆 を 佐太郎 の 目 の 前 の 机 に 置き まし た 。 
すると 佐太郎 は にわかに 元気 に なっ て 、 むっくり 起き上がり まし た 。 そして 、 
「 くれる ？ 」 と 三郎 に きき まし た 。 三郎 は ちょっと まごつい た よう でし た が 覚悟 し た よう に 、 「 うん 。 」 と 言い まし た 。 すると 佐太郎 は いきなり わらい 出し て ふところ の 鉛筆 を かよ の 小さな 赤い 手 に 持た せ まし た 。 
先生 は 向こう で 一 年生 の 子 の 硯 に 水 を ついで やっ たり し て い まし た し 、 嘉助 は 三郎 の 前 です から 知り ませ ん でし た が 、 一郎 は これ を いちばん うし ろ で ちゃんと 見 て い まし た 。 そして まるで なんと 言っ たら いい か わから ない 、 変 な 気持ち が し て 歯 を きりきり 言わ せ まし た 。 
「 では 二 年生 の ひと は お 休み の 前 に ならっ た 引き算 を もう 一 ぺん 習っ て み ましょ う 。 これ を 勘定 し て ごらん なさい 。 」 先生 は 黒板 に 25 − 12 ＝ と 書き まし た 。 二 年生 の こども ら は みんな 一生けん命 に それ を 雑記 帳 に うつし まし た 。 かよ も 頭 を 雑記 帳 へ くっつける よう に し て い ます 。 「 四 年生 の 人 は これ を 置い て 。 」 17 × 4 ＝ と 書き まし た 。 
四 年生 は 佐太郎 を はじめ 喜蔵 も 甲 助 も みんな それ を うつし まし た 。 
「 五 年生 の 人 は 読本 の （ 二 字 空白 ） ページ の （ 二 字 空白 ） 課 を ひらい て 声 を たて ない で 読める だけ 読ん で ごらん なさい 。 わから ない 字 は 雑記 帳 へ 拾っ て おく の です 。 」 五 年生 も みんな 言わ れ た とおり し はじめ まし た 。 
「 一郎 さん は 読本 の （ 二 字 空白 ） ページ を しらべ て やはり 知ら ない 字 を 書き抜い て ください 。 」 
それ が すむ と 先生 は また 教壇 を おり て 、 一 年生 の 習字 を 一 人 一 人 見 て あるき まし た 。 
三郎 は 両手 で 本 を ちゃんと 机 の 上 へ もっ て 、 言わ れ た ところ を 息 も つか ず じっと 読ん で い まし た 。 けれども 雑記 帳 へ は 字 を 一つ も 書き抜い て い ませ ん でし た 。 それ は ほんとう に 知ら ない 字 が 一つ も ない の か 、 たった 一 本 の 鉛筆 を 佐太郎 に やっ て しまっ た ため か 、 どっち と も わかり ませ ん でし た 。 
そのうち 先生 は 教壇 へ 戻っ て 二 年生 と 四 年生 の 算術 の 計算 を し て 見せ て また 新しい 問題 を 出す と 、 今度 は 五 年生 の 生徒 の 雑記 帳 へ 書い た 知ら ない 字 を 黒板 へ 書い て 、 それに か な と わけ を つけ まし た 。 そして 、 
「 では 嘉助 さん 、 ここ を 読ん で 。 」 と 言い まし た 。 
嘉助 は 二 三 度 ひっかかり ながら 先生 に 教え られ て 読み まし た 。 
三郎 も だまっ て 聞い て い まし た 。 
先生 も 本 を とっ て 、 じっと 聞い て い まし た が 、 十 行 ばかり 読む と 、 
「 そこ まで 。 」 と 言っ て こんど は 先生 が 読み まし た 。 
そうして 一 まわり 済む と 、 先生 は だんだん みんな の 道具 を しまわ せ まし た 。 
それから 「 では ここ まで 。 」 と 言っ て 教壇 に 立ち ます と 一 郎 が うし ろ で 、 
「 気 を つけ い 。 」 と 言い まし た 。 そして 礼 が すむ と 、 みんな 順 に 外 へ 出 て こんど は 外 へ ならば ず に みんな 別れ別れ に なっ て 遊び まし た 。 
二 時間 目 は 一 年生 から 六 年生 まで みんな 唱歌 でし た 。 そして 先生 が マンドリン を 持っ て 出 て 来 て 、 みんな は いま まで に 習っ た の を 先生 の マンドリン について 五つ も うたい まし た 。 
三郎 も みんな 知っ て い て 、 みんな どんどん 歌い まし た 。 そして この 時間 は たいへん 早く たっ て しまい まし た 。 
三 時間 目 に なる と こんど は 二 年生 と 四 年生 が 国語 で 、 五 年生 と 六 年生 が 数学 でし た 。 先生 は また 黒板 に 問題 を 書い て 五 年生 と 六 年生 に 計算 さ せ まし た 。 しばらく たっ て 一 郎 が 答え を 書い て しまう と 、 三郎 の ほう を ちょっと 見 まし た 。 
すると 三郎 は 、 どこ から 出し た か 小さな 消し炭 で 雑記 帳 の 上 へ がりがり と 大きく 運算 し て い た の です 。 
次 の 朝 、 空 は よく 晴れ て 谷川 は さらさら 鳴り まし た 。 一郎 は 途中 で 嘉助 と 佐太郎 と 悦治 を さそっ て いっしょ に 三郎 の うち の ほう へ 行き まし た 。 
学校 の 少し 下流 で 谷川 を わたっ て 、 それから 岸 で 楊 の 枝 を みんな で 一 本 ずつ 折っ て 、 青い 皮 を くるくる はい で 鞭 を こしらえ て 手 で ひ ゅうひゅう 振り ながら 、 上 の 野原 へ の 道 を だんだん のぼっ て 行き まし た 。 みんな は 早く も 登り ながら 息 を は あ はあ し まし た 。 
「 又 三郎 ほんとに あ そご の わき水 まで 来 て 待 ぢ でる べ が 。 」 
「 待 ぢ でる ん だ 。 又 三郎 う そこ が ない も な 。 」 
「 ああ 暑う 、 風吹 げ ば いい な 。 」 
「 ど ご がら だ が 風 吹い でる ぞ 。 」 
「 又 三郎 吹 が せ で ら べ も 。 」 
「 なん だ が お 日 さん ぼやっと し て 来 た な 。 」 
空 に 少し ばかり の 白い 雲 が 出 まし た 。 そして もう だいぶ のぼっ て い まし た 。 谷 の みんな の 家 が ず うっ と 下 に 見え 、 一郎 の うち の 木 小屋 の 屋根 が 白く 光っ て い ます 。 
道 が 林 の 中 に 入り 、 しばらく 道 は じめじめ し て 、 あたり は 見え なく なり まし た 。 そして まもなく みんな は 約束 の わき水 の 近く に 来 まし た 。 すると そこ から 、 
「 お うい 。 みんな 来 た かい 。 」 と 三郎 の 高く 叫ぶ 声 が し まし た 。 
みんな は まるで せかせか と 走っ て のぼり まし た 。 向こう の 曲がり角 の 所 に 三 郎 が 小さな くちびる を きっと 結ん だ まま 、 三 人 の かけ 上っ て 来る の を 見 て い まし た 。 
三 人 は やっと 三郎 の 前 まで 来 まし た 。 けれども あんまり 息 が はあ はあ し て すぐ に は 何 も 言え ませ ん でし た 。 嘉助 など は あんまり もどかしい もん です から 、 空 へ 向い て 「 ホッホウ 。 」 と 叫ん で 早く 息 を 吐い て しまお う と し まし た 。 すると 三郎 は 大きな 声 で 笑い まし た 。 
「 ずいぶん 待っ た ぞ 。 それ に きょう は 雨 が 降る かも しれ ない そう だ よ 。 」 
「 そ だら 早 ぐ 行 ぐべすさ 。 おら ま ん つ 水 飲ん で ぐ 。 」 三 人 は 汗 を ふい て しゃがん で 、 まっ白 な 岩 から ご ぼ ご ぼ 噴き だす 冷たい 水 を 何 べ ん も すくっ て のみ まし た 。 
「 ぼく の うち は ここ から すぐ な ん だ 。 ちょうど あの 谷 の 上 あたり な ん だ 。 みんな で 帰り に 寄ろ う ねえ 。 」 
「 うん 。 ま ん つ 野原 さ 行 ぐべすさ 。 」 
みんな が また あるきはじめ た とき わき水 は 何 か を 知らせる よう に ぐうっと 鳴り 、 そこら の 木 も なんだか ざあっと 鳴っ た よう でし た 。 
五 人 は 林 の すそ の 藪 の 間 を 行っ たり 岩 かけ の 小さく くずれる 所 を 何 べ ん も 通っ たり し て 、 もう 上 の 野原 の 入り口 に 近く なり まし た 。 
みんな は そこ まで 来る と 来 た ほう から また 西 の ほう を ながめ まし た 。 
光っ たり かげっ たり 幾 通り に も 重なっ た たくさん の 丘 の 向こう に 、 川 に 沿っ た ほんとう の 野原 が ぼんやり 碧 く ひろがっ て いる の でし た 。 
「 ありゃ 、 あ いづ 川 だ ぞ 。 」 
「 春日 明神 さん の 帯 の よう だ な 。 」 三郎 が 言い まし た 。 
「 何 の よう だ ど 。 」 一郎 が きき まし た 。 
「 春日 明神 さん の 帯 の よう だ 。 」 
「 う な 神 さん の 帯 見 だ ごと ある が 。 」 
「 ぼく 北海道 で 見 た よ 。 」 
みんな は なん の こと だ か わから ず だまっ て しまい まし た 。 
ほんとう に そこ は もう 上 の 野原 の 入り口 で 、 きれい に 刈ら れ た 草 の 中 に 一 本 の 大きな 栗 の 木 が 立っ て 、 その 幹 は 根 もと の 所 が まっ黒 に 焦げ て 大きな 洞 の よう に なり 、 その 枝 に は 古い 繩 や 、 切れ た わらじ など が つるし て あり まし た 。 
「 もう少し 行 ぐづどみんなして 草 刈っ てる ぞ 。 それから 馬 の いる ど ご も ある ぞ 。 」 一郎 は 言い ながら 先 に 立っ て 刈っ た 草 の なか の 一 ぽん みち を ぐんぐん 歩き まし た 。 
三郎 は その 次に 立っ て 、 
「 ここ に は 熊 い ない から 馬 を はなし て おい て も いい なあ 。 」 と 言っ て 歩き まし た 。 
しばらく 行く と みち ば た の 大きな 楢 の 木の下 に 、 繩 で 編ん だ 袋 が 投げ出し て あっ て 、 たくさん の 草 た ば が あっち に も こっち に も ころがっ て い まし た 。 
せ なか に 草 束 を しょっ た 二 匹 の 馬 が 、 一郎 を 見 て 鼻 を ぷるぷる 鳴らし まし た 。 
「 兄 な 、 いる が 。 兄 な 、 来 た ぞ 。 」 一郎 は 汗 を ぬぐい ながら 叫び まし た 。 
「 おおい 。 あ あい 。 そこ に いろ 。 今行 ぐぞ 。 」 ず うっ と 向こう の くぼみ で 、 一郎 の にいさん の 声 が し まし た 。 
日 は ぱっと 明るく なり 、 にいさん が そっち の 草 の 中 から 笑っ て 出 て 来 まし た 。 
「 善 ぐ 来 た な 。 みんな も 連れ で 来 た の が 。 善 ぐ 来 た 。 戻り に 馬 こ 連れ で て けろ な 。 きょう あ 午 まがら きっと 曇る 。 おら もう少し 草 集め て 仕舞 がら な 、 うな だ 遊ば ば あの 土手 の 中 さ は いっ てろ 。 まだ 牧 馬 の 馬 二 十 匹 ばかり は いる がら な 。 」 
にいさん は 向こう へ 行こ う として 、 振り向い て また 言い まし た 。 
「 土手 がら 外さ 出 はる な よ 。 迷っ て しまう づどあぶないがらな 。 午 ま に なっ たら また 来る がら 。 」 
「 うん 。 土手 の 中 に いる がら 。 」 
そして 一郎 の にいさん は 行っ て しまい まし た 。 
空 に は うすい 雲 が すっかり かかり 、 太陽 は 白い 鏡 の よう に なっ て 、 雲 と 反対 に 馳せ まし た 。 風 が 出 て 来 て まだ 刈っ て い ない 草 は 一 面 に 波 を 立て ます 。 一郎 は さき に たっ て 小さな みち を まっすぐ に 行く と 、 まもなく ど て に なり まし た 。 その 土手 の 一 とこ ちぎれ た ところ に 二 本 の 丸太 の 棒 を 横 に わたし て あり まし た 。 悦治 が それ を くぐろ う と し ます と 、 嘉助 が 、 
「 おら こっ た な も の はず せ だ ぞ 。 」 と 言い ながら 片 っぽう の はじ を ぬい て 下 に おろし まし た ので みんな は それ を はね 越え て 中 に はいり まし た 。 
向こう の 少し 小高い ところ に てかてか 光る 茶 いろ の 馬 が 七 匹 ばかり 集まっ て 、 しっぽ を ゆるやか に ば し ゃばしゃふっているのです 。 
「 この 馬 みんな 千 円 以上 する づもな 。 来年 がら みんな 競馬 さ も 出 はる の だ づぢゃい 。 」 一郎 は そば へ 行き ながら 言い まし た 。 
馬 は みんな いま まで さ びしくってしようなかったというように 一 郎 たち の ほう へ 寄っ て き まし た 。 そして 鼻 づら を ず うっ と のばし て 何 か ほし そう に する の です 。 
「 は はあ 、 塩 を けろ づのだな 。 」 みんな は 言い ながら 手 を 出し て 馬 に なめさ せ たり し まし た が 、 三郎 だけ は 馬 に なれ て い ない らしく 気味 わる そう に 手 を ポケット へ 入れ て しまい まし た 。 
「 わあ 、 又 三郎 馬 おっかな がる ぢ ゃい 。 」 と 悦治 が 言い まし た 。 すると 三郎 は 、 
「 こわく なんか ない やい 。 」 と 言い ながら すぐ ポケット の 手 を 馬 の 鼻 づら へ のばし まし た が 、 馬 が 首 を のばし て 舌 を べろりと 出す と 、 さっと 顔 いろ を 変え て すばやく また 手 を ポケット へ 入れ て しまい まし た 。 
「 わあ い 、 又 三郎 馬 おっかな がる ぢ ゃい 。 」 悦治 が また 言い まし た 。 すると 三郎 は すっかり 顔 を 赤く し て しばらく もじもじ し て い まし た が 、 
「 そん なら 、 みんな で 競馬 やる か 。 」 と 言い まし た 。 
競馬 って どう する の か と みんな 思い まし た 。 
すると 三郎 は 、 
「 ぼく 競馬 何 べ ん も 見 た ぞ 。 けれども この 馬 みんな 鞍 が ない から 乗れ ない や 。 みんな で 一 匹 ずつ 馬 を 追って 、 はじめ に 向こう の 、 そら 、 あの 大きな 木 の ところ に 着い た もの を 一等 に しよ う 。 」 
「 そい づおもしろいな 。 」 嘉助 が 言い まし た 。 
「 し から える ぞ 。 牧夫 に 見つけ ら え で がら 。 」 
「 大丈夫 だ よ 。 競馬 に 出る 馬 なんか 練習 を し て い ない と いけ ない ん だい 。 」 三郎 が 言い まし た 。 
「 よし おら この 馬 だ ぞ 。 」 
「 おら この 馬 だ 。 」 
「 そん なら ぼく は この 馬 でも いい や 。 」 みんな は 楊 の 枝 や 萱 の 穂 で しゅう と 言い ながら 馬 を 軽く 打ち まし た 。 
ところが 馬 は ちっとも びく ともし ませ ん でし た 。 やはり 下 へ 首 を たれ て 草 を かい だり 、 首 を のばし て そこら の けしき を もっと よく 見る という よう に し て いる の です 。 
一郎 が そこ で 両手 を ぴしゃんと 打ち合わせ て 、 だ あ 、 と 言い まし た 。 
すると にわかに 七 匹 と も まるで たてがみ を そろえ て かけ 出し た の です 。 
「 うま あい 。 」 嘉助 は はね上がっ て 走り まし た 。 けれども それ は どうも 競馬 に は なら ない の でし た 。 
第 一 、 馬 は どこ まで も 顔 を ならべ て 走る の でし た し 、 それに そんなに 競馬 する くらい 早く 走る の で も なかっ た の です 。 それでも みんな は おもしろ がっ て 、 だ あ だ と 言い ながら 一生けん命 その あと を 追い まし た 。 
馬 は すこし 行く と 立ちどまり そう に なり まし た 。 みんな も すこし はあ はあ し まし た が 、 こらえ て また 馬 を 追い まし た 。 すると いつか 馬 は ぐるっと さっき の 小高い ところ を まわっ て 、 さっき 五 人 で は いっ て 来 た ど て の 切れ た 所 へ 来 た の です 。 
「 あ 、 馬出 はる 、 馬出 はる 。 押えろ 　 押えろ 。 」 一郎 は まっ青 に なっ て 叫び まし た 。 じっさい 馬 は ど て の 外 へ 出 た の らしい の でし た 。 どんどん 走っ て 、 もう さっき の 丸太 の 棒 を 越え そう に なり まし た 。 
一郎 は まるで あわて て 、 
「 どう 、 どう 、 どうどう 。 」 と 言い ながら 一生けん命 走っ て 行っ て 、 やっと そこ へ 着い て まるで ころぶ よう に し ながら 手 を ひろげ た とき は 、 その とき は もう 二 匹 は 柵 の 外 へ 出 て い た の です 。 
「 早 ぐ 来 て 押えろ 。 早 ぐ 来 て 。 」 一郎 は 息 も 切れる よう に 叫び ながら 丸太 棒 を もと の よう に し まし た 。 
四 人 は 走っ て 行っ て 急い で 丸太 を くぐっ て 外 へ 出 ます と 、 二 匹 の 馬 は もう 走る で も なく 、 ど て の 外 に 立っ て 草 を 口 で 引っぱっ て 抜く よう に し て い ます 。 
「 そろそろ ど 押えろ よ 。 そろそろ ど 。 」 と 言い ながら 一 郎 は 一 ぴき の くつ わ に つい た 札 の ところ を しっかり 押え まし た 。 嘉助 と 三郎 が もう 一 匹 を 押えよ う と そば へ 寄り ます と 、 馬 は まるで おどろい た よう に ど て へ 沿っ て 一目散 に 南 の ほう へ 走っ て しまい まし た 。 
「 兄 な 、 馬 あ 逃げる 、 馬 あ 逃げる 。 兄 な 、 馬 逃げる 。 」 とうしろ で 一 郎 が 一生けん命 叫ん で い ます 。 三郎 と 嘉助 は 一生けん命 馬 を 追い まし た 。 
ところが 馬 は もう 今度 こそ ほんとう に 逃げる つもり らしかっ た の です 。 まるで 丈 ぐらい ある 草 を わけ て 高み に なっ たり 低く なっ たり 、 どこ まで も 走り まし た 。 
嘉助 は もう 足 が しびれ て しまっ て 、 どこ を どう 走っ て いる の か わから なく なり まし た 。 
それから まわり が まっ 蒼 に なっ て 、 ぐるぐる 回り 、 とうとう 深い 草 の 中 に 倒れ て しまい まし た 。 馬 の 赤い たてがみ と 、 あと を 追っ て 行く 三 郎 の 白い シャッポ が 終わり に ちらっと 見え まし た 。 
嘉助 は 、 仰向け に なっ て 空 を 見 まし た 。 空 が まっ白 に 光っ て 、 ぐるぐる 回り 、 その こちら を 薄い ねずみ色 の 雲 が 、 速く 速く 走っ て い ます 。 そして カンカン 鳴っ て い ます 。 
嘉助 は やっと 起き上がっ て 、 せかせか 息 し ながら 馬 の 行っ た ほう に 歩き 出し まし た 。 草 の 中 に は 、 今 馬 と 三郎 が 通っ た 跡 らしく 、 かすか な 道 の よう な もの が あり まし た 。 嘉助 は 笑い まし た 。 そして 、 （ ふん 、 なあに 馬 どこ か で こわく なっ て のっ こり 立っ てる さ 、 ） と 思い まし た 。 
そこで 嘉助 は 、 一生懸命 それ を つけ て 行き まし た 。 
ところが その 跡 の よう な もの は 、 まだ 百 歩 も 行か ない うち に 、 おと こえ し や 、 すてき に 背 の 高い あざみ の 中 で 、 二つ に も 三つ に も 分かれ て しまっ て 、 どれ が どれ やら いっこう わから なく なっ て しまい まし た 。 
嘉助 は 「 お うい 。 」 と 叫び まし た 。 
「 おう 。 」 と どこ か で 三 郎 が 叫ん で いる よう です 。 思い切っ て 、 その まん中 の を 進み まし た 。 
けれども それ も 、 時々 切れ たり 、 馬 の 歩か ない よう な 急 な 所 を 横ざま に 過ぎ たり する の でし た 。 
空 は たいへん 暗く 重く なり 、 まわり が ぼうっと かすん で 来 まし た 。 冷たい 風 が 、 草 を 渡り はじめ 、 もう 雲 や 霧 が 切れ切れ に なっ て 目 の 前 を ぐんぐん 通り過ぎ て 行き まし た 。 
（ ああ 、 こいつ は 悪く なっ て 来 た 。 みんな 悪い こと は これから 集っ て やっ て 来る の だ 。 ） と 嘉助 は 思い まし た 。 全く その とおり 、 にわかに 馬 の 通っ た 跡 は 草 の 中 で なく なっ て しまい まし た 。 
（ ああ 、 悪く なっ た 、 悪く なっ た 。 ） 嘉助 は 胸 を どきどき さ せ まし た 。 
草 が からだ を 曲げ て 、 パチ パチ 言っ たり 、 さらさら 鳴っ たり し まし た 。 霧 が ことに 滋 く なっ て 、 着物 は すっかり しめっ て しまい まし た 。 
嘉助 は 咽喉 いっぱい 叫び まし た 。 
「 一郎 、 一郎 、 こっち さ 来 う 。 」 ところが なん の 返事 も 聞こえ ませ ん 。 黒板 から 降る 白墨 の 粉 の よう な 、 暗い 冷たい 霧 の 粒 が 、 そこら 一 面 踊り まわり 、 あたり が にわかに シイ ン として 、 陰気 に 陰気 に なり まし た 。 草 から は 、 もう しずく の 音 が ポタリポタリ と 聞こえ て 来 ます 。 
嘉助 は 、 もう 早く 一郎 たち の 所 へ 戻ろ う として 急い で 引っ返し まし た 。 けれども どうも 、 それ は 前 に 来 た 所 と は 違っ て い た よう でし た 。 第 一 、 あざみ が あんまり たくさん あり まし た し 、 それ に 草 の 底 に さっき なかっ た 岩 かけ が 、 たびたび ころがっ て い まし た 。 そして とうとう 聞い た こと も ない 大きな 谷 が 、 いきなり 目 の 前 に 現われ まし た 。 すすき が ざわざわ ざわっと 鳴り 、 向こう の ほう は 底 知れ ず の 谷 の よう に 、 霧 の 中 に 消え て いる で は あり ませ ん か 。 
風 が 来る と 、 すすき の 穂 は 細い たくさん の 手 を いっぱい のばし て 、 忙しく 振っ て 、 
「 あ 、 西 さん 、 あ 、 東 さん 、 あ 、 西 さん 、 あ 、 南 さん 、 あ 、 西 さん 。 」 なんて 言っ て いる よう でし た 。 
嘉助 は あんまり 見 っと も なかっ た ので 、 目 を つむっ て 横 を 向き まし た 。 そして 急い で 引っ返し まし た 。 小さな 黒い 道 が いきなり 草 の 中 に 出 て 来 まし た 。 それ は たくさん の 馬 の ひ づめの 跡 で できあがっ て い た の です 。 嘉助 は 夢中 で 短い 笑い声 を あげ て 、 その道 を ぐんぐん 歩き まし た 。 
けれども 、 たより の ない こと は 、 みち の は ば が 五 寸 ぐらい に なっ たり 、 また 三 尺 ぐらい に 変わっ たり 、 おまけ に なんだか ぐるっと 回っ て いる よう に 思わ れ まし た 。 そして 、 とうとう 大きな てっぺん の 焼け た 栗 の 木 の 前 まで 来 た 時 、 ぼんやり 幾つ に も 別れ て しまい まし た 。 
そこ は たぶん は 、 野 馬 の 集まり 場所 で あっ た でしょ う 。 霧 の 中 に 丸い 広場 の よう に 見え た の です 。 
嘉助 は がっかり し て 、 黒い 道 を また 戻り はじめ まし た 。 知ら ない 草 穂 が 静か に ゆらぎ 、 少し 強い 風 が 来る 時 は 、 どこ か で 何 か が 合図 を し て でも いる よう に 、 一 面 の 草 が 、 それ 来 た っと みな から だ を 伏せ て 避け まし た 。 
空 が 光っ て キインキイン と 鳴っ て い ます 。 
それから すぐ 目 の 前 の 霧 の 中 に 、 家 の 形 の 大きな 黒い もの が あらわれ まし た 。 嘉助 は しばらく 自分 の 目 を 疑っ て 立ちどまっ て い まし た が 、 やはり どうしても 家 らしかっ た ので 、 こわごわ もっと 近寄っ て 見 ます と 、 それ は 冷たい 大きな 黒い 岩 でし た 。 
空 が くるくる くるっ と 白く 揺らぎ 、 草 が バラッ と 一 度 に しずく を 払い まし た 。 
（ 間違っ て 原 の 向こう 側 へ おりれ ば 、 又 三郎 も おれ も 、 もう 死ぬ ばかり だ 。 ） と 嘉助 は 半分 思う よう に 半分 つぶやく よう に し まし た 。 それ から 叫び まし た 。 
「 一郎 、 一郎 、 いる が 。 一郎 。 」 
また 明るく なり まし た 。 草 が みな いっせいに よろこび の 息 を し ます 。 
「 伊佐 戸 の 町 の 、 電気 工夫 の 童 あ 、 山男 に 手足 いし ばら え て た ふ だ 。 」 と いつか だれ か の 話し た 言葉 が 、 はっきり 耳 に 聞こえ て 来 ます 。 
そして 、 黒い 道 が にわかに 消え て しまい まし た 。 あたり が ほんの しばらく しいんと なり まし た 。 それから 非常 に 強い 風 が 吹い て 来 まし た 。 
空 が 旗 の よう に ぱたぱた 光っ て 飜 り 、 火花 が パチパチパチッ と 燃え まし た 。 嘉助 は とうとう 草 の 中 に 倒れ て ねむっ て しまい まし た 。 
そんな こと は みんな どこ か の 遠い でき ごと の よう でし た 。 
もう 又 三郎 が すぐ 目 の 前 に 足 を 投げだし て だまっ て 空 を 見 あげ て いる の です 。 いつか いつも の ねずみ いろ の 上着 の 上 に ガラス の マント を 着 て いる の です 。 それ から 光る ガラス の 靴 を はい て いる の です 。 
又 三郎 の 肩 に は 栗 の 木 の 影 が 青く 落ち て い ます 。 又 三郎 の 影 は 、 また 青く 草 に 落ち て い ます 。 そして 風 が どんどん どんどん 吹い て いる の です 。 
又 三郎 は 笑い も し なけれ ば 物 も 言い ませ ん 。 ただ 小さな くちびる を 強 そう に きっと 結ん だ まま 黙っ て そら を 見 て い ます 。 いきなり 又 三郎 は ひら っと そら へ 飛び あがり まし た 。 ガラス の マント が ギラギラ 光り まし た 。 
ふと 嘉助 は 目 を ひらき まし た 。 灰 いろ の 霧 が 速く 速く 飛ん で い ます 。 
そして 馬 が すぐ 目 の 前 に のっそり と 立っ て い た の です 。 その 目 は 嘉助 を 恐れ て 横 の ほう を 向い て い まし た 。 
嘉助 は はね上がっ て 馬 の 名札 を 押え まし た 。 その うし ろ から 三 郎 が まるで 色 の なくなっ た くちびる を きっと 結ん で こっち へ 出 て き まし た 。 
嘉助 は ぶるぶる ふるえ まし た 。 
「 お うい 。 」 霧 の 中 から 一 郎 の にいさん の 声 が し まし た 。 雷 も ごろごろ 鳴っ て い ます 。 
「 おおい 、 嘉助 。 いる が 。 嘉助 。 」 一郎 の 声 も し まし た 。 嘉助 は よろこん で とびあがり まし た 。 
「 おおい 。 いる 、 いる 。 一郎 。 おおい 。 」 
一郎 の にいさん と 一郎 が 、 とつぜん 目 の 前 に 立ち まし た 。 嘉助 は にわかに 泣き 出し まし た 。 
「 捜し た ぞ 。 あぶな がっ た ぞ 。 すっかり ぬれ だ な 。 どう 。 」 一郎 の にいさん は なれ た 手つき で 馬 の 首 を 抱い て 、 もっ て き た くつ わ を すばやく 馬 の くち に はめ まし た 。 
「 さあ 、 あ べ さ 。 」 
「 又 三郎 びっくり し た べ あ 。 」 一郎 が 三 郎 に 言い まし た 。 三郎 は だまっ て 、 やっぱり きっと 口 を 結ん で うなずき まし た 。 
みんな は 一 郎 の にいさん について 、 ゆるい 傾斜 を 二つ ほど のぼり 降り し まし た 。 それから 、 黒い 大きな 道 について 、 しばらく 歩き まし た 。 
稲 光り が 二 度 ばかり 、 かすか に 白く ひらめき まし た 。 草 を 焼く におい が し て 、 霧 の 中 を 煙 が ぼうっと 流れ て い ます 。 
一郎 の にいさん が 叫び まし た 。 
「 おじいさん 。 い だ 、 い だ 。 みんな い だ 。 」 
おじいさん は 霧 の 中 に 立っ て い て 、 
「 ああ 心配 し た 、 心配 し た 。 ああ よがっ た 。 おお 嘉助 。 寒 が べ あ 、 さあ はいれ 。 」 と 言い まし た 。 嘉助 は 一郎 と 同じ よう に やはり この おじいさん の 孫 な よう でし た 。 
半分 に 焼け た 大きな 栗 の 木の根 もと に 、 草 で 作っ た 小さな 囲い が あっ て 、 チョロチョロ 赤い 火 が 燃え て い まし た 。 
一郎 の にいさん は 馬 を 楢 の 木 に つなぎ まし た 。 
馬 も ひ ひん と 鳴い て い ます 。 
「 おお むぞやな 。 な 。 なんぼ が 泣い だ が な 。 その わろ は 金山 掘り の わろ だ な 。 さあ さあ みんな 団子 た べろ 。 食べろ 。 な 、 今 こっち を 焼 ぐがらな 。 全体 どこ まで 行っ て だっ た 。 」 
「 笹 長根 の おり 口 だ 。 」 と 一郎 の にいさん が 答え まし た 。 
「 あぶない がっ た 。 あぶない がっ た 。 向こう さ 降り だら 馬 も 人 も それ っ 切り だっ た ぞ 。 さあ 嘉助 、 団子 食べろ 。 この わろ も たべろ 。 さあ さあ 、 こ いづ も 食べろ 。 」 
「 おじいさん 。 馬 置い で くる が 。 」 と 一郎 の にいさん が 言い まし た 。 
「 うん うん 。 牧夫 来る ど まだ や が まし がら な 、 し た ども 、 も 少し 待 で 。 また すぐ 晴れる 。 ああ 心配 し た 。 おれ も 虎 こ 山の下 まで 行っ て 見 で 来 た 。 はあ 、 ま ん つよ がっ た 。 雨 も 晴れる 。 」 
「 けさ ほんとに 天気 よがっ た のに な 。 」 
「 うん 。 また よ ぐなるさ 、 あ 、 雨 漏っ て 来 た な 。 」 
一郎 の にいさん が 出 て 行き まし た 。 天井 が ガサガサガサガサ 言い ます 。 おじいさん が 笑い ながら それ を 見上げ まし た 。 
にいさん が また はいっ て 来 まし た 。 
「 おじいさん 。 明る ぐなった 。 雨 あ 霽 れ だ 。 」 
「 うん うん 、 そう が 。 さあ みんな よっ く 火 に あ だれ 、 おら また 草 刈る がら な 。 」 
霧 が ふっと 切れ まし た 。 日 の 光 が さっと 流れ て はいり まし た 。 その 太陽 は 、 少し 西 の ほう に 寄っ て かかり 、 幾 片 か の 蝋 の よう な 霧 が 、 逃げ おくれ て しかた なし に 光り まし た 。 
草 から は しずく が きらきら 落ち 、 すべて の 葉 も 茎 も 花 も 、 ことし の 終わり の 日 の 光 を 吸っ て い ます 。 
はるか な 西 の 碧 い 野原 は 、 今 泣き やん だ よう に まぶしく 笑い 、 向こう の 栗 の 木 は 青い 後光 を 放ち まし た 。 
みんな は もう 疲れ て 一 郎 を さき に 野原 を おり まし た 。 わき水 の ところ で 三 郎 は やっぱり だまっ て 、 きっと 口 を 結ん だ まま みんな に 別れ て 、 じ ぶん だけ おとうさん の 小屋 の ほう へ 帰っ て 行き まし た 。 
帰り ながら 嘉助 が 言い まし た 。 
「 あい づやっぱり 風の神 だ ぞ 。 風の神 の 子 っ子 だ ぞ 。 あ そご さ 二 人 し て 巣食っ てる ん だ ぞ 。 」 
「 そ だ ない よ 。 」 一郎 が 高く 言い まし た 。 
次 の 日 は 朝 の うち は 雨 でし た が 、 二 時間 目 から だんだん 明るく なっ て 三 時間 目 の 終わり の 十分 休み に は とうとう すっかり やみ 、 あちこち に 削っ た よう な 青 ぞ ら も でき て 、 その 下 を まっ白 な うろこ 雲 が どんどん 東 へ 走り 、 山 の 萱 から も 栗 の 木 から も 残り の 雲 が 湯 げ の よう に 立ち まし た 。 
「 下がっ たら 葡萄 蔓 とり に 行 が ない が 。 」 耕 助 が 嘉助 に そっと 言い まし た 。 
「 行 ぐ 行 ぐ 。 三郎 も 行 が ない が 。 」 嘉助 が さそい まし た 。 耕 助 は 、 
「 わあ い 、 あ そご 三 郎 さ 教える や ない ぢ ゃ 。 」 と 言い まし た が 三 郎 は 知ら ない で 、 
「 行く よ 。 ぼく は 北海道 で も とっ た ぞ 。 ぼく の おかあさん は 樽 へ 二 っ つ 漬け た よ 。 」 と 言い まし た 。 
「 葡萄 とり に おら も 連れ で が ない が 。 」 二 年生 の 承 吉 も 言い まし た 。 
「 わが ない ぢ ゃ 。 う など さ 教える や ない ぢ ゃ 。 おら 去年 な 新しい ど ご 見つけ だ ぢ ゃ 。 」 
みんな は 学校 の 済む の が 待ち遠しかっ た の でし た 。 五 時間 目 が 終わる と 、 一郎 と 嘉助 と 佐太郎 と 耕 助 と 悦治 と 三郎 と 六 人 で 学校 から 上流 の ほう へ 登っ て 行き まし た 。 少し 行く と 一 けん の 藁 や ね の 家 が あっ て 、 その 前 に 小さな たばこ 畑 が あり まし た 。 たばこ の 木 は もう 下 の ほう の 葉 を つん で ある ので 、 その 青い 茎 が 林 の よう に きれい に ならん で いかにも おもしろ そう でし た 。 
すると 三郎 は いきなり 、 
「 なん だい 、 この 葉 は 。 」 と 言い ながら 葉 を 一 枚 むしっ て 一 郎 に 見せ まし た 。 すると 一郎 は びっくり し て 、 
「 わあ 、 又 三郎 、 たば ご の 葉 とる づど 専売 局 に うんと しから れる ぞ 。 わあ 、 又 三郎 何 し て とっ た 。 」 と 少し 顔 いろ を 悪く し て 言い まし た 。 みんな も 口々 に 言い まし た 。 
「 わあ い 。 専売 局 で あ 、 この 葉 一 枚 ずつ 数え で 帳面 さ つけ でる だ 。 おら 知ら ない ぞ 。 」 
「 おら も 知ら ない ぞ 。 」 
「 おら も 知ら ない ぞ 。 」 みんな 口 を そろえ て はやし まし た 。 
すると 三郎 は 顔 を まっ 赤 に し て 、 しばらく それ を 振り回し て 何 か 言お う と 考え て い まし た が 、 
「 おら 知ら ない で とっ た ん だい 。 」 と おこっ た よう に 言い まし た 。 
みんな は こわ そう に 、 だれ か 見 て い ない か という よう に 向こう の 家 を 見 まし た 。 たばこ ば たけ から もうもうと あがる 湯 げ の 向こう で 、 その 家 は しいんと し て だれ も い た よう で は あり ませ ん でし た 。 
「 あの 家 一 年生 の 小 助 の 家 だ ぢ ゃい 。 」 嘉助 が 少し なだめる よう に 言い まし た 。 ところが 耕 助 は はじめ から じ ぶん の 見つけ た 葡萄 藪 へ 、 三郎 だの みんな あんまり 来 て おもしろく なかっ た もん です から 、 意地 悪く も いちど 三 郎 に 言い まし た 。 
「 わあ 、 三郎 なんぼ 知ら ない たって わが ない ん だ ぢ ゃ 。 わあ い 、 三郎 も どの とおり に し て まゆ ん だ で あ 。 」 
三郎 は 困っ た よう に し て また しばらく だまっ て い まし た が 、 
「 そん なら 、 おいら ここ へ 置い て く から いい や 。 」 と 言い ながら さっき の 木の根 もと へ そっと その 葉 を 置き まし た 。 すると 一郎 は 、 
「 早く あ べ 。 」 と 言っ て 先 に たっ て あるき だし まし た ので みんな も ついて行き まし た が 、 耕 助 だけ は まだ 残っ て 「 ほう 、 おら 知ら ない ぞ 。 ありゃ 、 又 三 郎 の 置い た 葉 、 あ すご に ある ぢ ゃい 。 」 なんて 言っ て いる の でし た が 、 みんな が どんどん 歩き だし た ので 耕 助 も やっと つい て 来 まし た 。 
みんな は 萱 の 間 の 小さな みち を 山 の ほう へ 少し のぼり ます と 、 その 南側 に 向い た くぼみ に 栗 の 木 が あちこち 立っ て 、 下 に は 葡萄 が もくもく し た 大きな 藪 に なっ て い まし た 。 
「 こご おれ 見 っ つけ だ の だ が ら みんな あんまり とる や ない ぞ 。 」 耕 助 が 言い まし た 。 
すると 三郎 は 、 
「 おいら 栗 の ほう を とる ん だい 。 」 と いっ て 石 を 拾っ て 一つ の 枝 へ 投げ まし た 。 青い いが が 一つ 落ち まし た 。 
三郎 は それ を 棒 きれ でむい て 、 まだ 白い 栗 を 二つ とり まし た 。 みんな は 葡萄 の ほう へ 一生けん命 でし た 。 
そのうち 耕 助 が も 一つ の 藪 へ 行こ う と 一 本 の 栗 の 木の下 を 通り ます と 、 いきなり 上 から しずく が 一 ぺん に ざっと 落ち て き まし た ので 、 耕 助 は 肩 から せ なか から 水 へ はいっ た よう に なり まし た 。 耕 助 は おどろい て 口 を あい て 上 を 見 まし たら 、 いつか 木 の 上 に 三 郎 が のぼっ て い て 、 なんだか 少し わらい ながら じ ぶん も 袖 ぐち で 顔 を ふい て い た の です 。 
「 わあ い 、 又 三郎 何 する 。 」 耕 助 は うらめし そう に 木 を 見 あげ まし た 。 
「 風 が 吹い た ん だい 。 」 三郎 は 上 で くつ くつ わらい ながら 言い まし た 。 
耕 助 は 木の下 を はなれ て また 別 の 藪 で 葡萄 を とり はじめ まし た 。 もう 耕 助 はじ ぶん でも 持て ない くらい あちこち へ ため て い て 、 口 も 紫いろ に なっ て まるで 大きく 見え まし た 。 
「 さあ 、 この くらい 持っ て 戻ら ない が 。 」 一郎 が 言い まし た 。 
「 おら 、 もっと 取っ て ぐぢゃ 。 」 耕 助 が 言い まし た 。 
その とき 耕 助 は また 頭 から つめたい しずく を ざあっとかぶりました 。 耕 助 は また びっくり し た よう に 木 を 見上げ まし た が 今度 は 三 郎 は 木 の 上 に は い ませ ん でし た 。 
けれども 木 の 向こう 側 に 三郎 の ねずみ いろ の ひじ も 見え て い まし た し 、 くつ くつ 笑う 声 も し まし た から 、 耕 助 は もう すっかり おこっ て しまい まし た 。 
「 わあ い 又 三郎 、 まだ ひと さ 水掛 げ だ な 。 」 
「 風 が 吹い た ん だい 。 」 
みんな は どっと 笑い まし た 。 
「 わあ い 又 三郎 、 う な そご で 木 ゆすっ た け あ なあ 。 」 
みんな は どっと また 笑い まし た 。 
すると 耕 助 は うらめし そう に しばらく だまっ て 三 郎 の 顔 を 見 ながら 、 
「 う あい 又 三郎 、 汝 など あ 世界 に なく て も いい なあ 。 」 
すると 三郎 は ずる そう に 笑い まし た 。 
「 やあ 耕 助 君 、 失敬 し た ねえ 。 」 
耕 助 は 何 か もっと 別 の こと を 言お う と 思い まし た が 、 あんまり おこっ て しまっ て 考え出す こと が でき ませ ん でし た ので また 同じ よう に 叫び まし た 。 
「 う あい 、 う あいだ 、 又 三郎 、 う なみ だい な 風 など 世界じゅう に なく て も いい なあ 、 うわ あい 。 」 
「 失敬 し た よ 、 だって あんまり きみ も ぼく へ 意地悪 を する もん だ から 。 」 三郎 は 少し 目 を パチ パチ さ せ て 気の毒 そう に 言い まし た 。 けれども 耕 助 の いかり は なかなか 解け ませ ん でし た 。 そして 三 度 同じ こと を くりかえし た の です 。 
「 う わい 又 三郎 、 風 など あ 世界じゅう に なく て も いい な 、 う わい 。 」 
すると 三郎 は 少し おもしろく なっ た よう で また くつ くつ 笑い だし て たずね まし た 。 
「 風 が 世界 じ ゅうになくってもいいってどういうんだい 。 いい と 箇条 を たて て いっ て ごらん 。 そら 。 」 三郎 は 先生 みたい な 顔つき を し て 指 を 一 本 だし まし た 。 
耕 助 は 試験 の よう だ し 、 つまらない こと に なっ た と 思っ て たいへん くやしかっ た の です が 、 しかた なく しばらく 考え て から 言い まし た 。 
「 汝 など 悪戯 ばり さ な 、 傘 ぶっ こわし たり 。 」 
「 それから それ から 。 」 三郎 は おもしろ そう に 一足 進ん で 言い まし た 。 
「 それ がら 木 折っ たり 転覆 し たり さ な 。 」 
「 それから 、 それ から どう だい 。 」 
「 家 も ぶっ こわ さ な 。 」 
「 それから 。 それから 、 あと は どう だい 。 」 
「 あかし も 消さ な 。 」 
「 それから あと は ？ 　 それから あと は ？ 　 どう だい 。 」 
「 シャップ も とばさ な 。 」 
「 それから ？ 　 それから あと は ？ 　 あと は どう だい 。 」 
「 笠 も とばさ な 。 」 
「 それから それ から 。 」 
「 それ がら 、 ラ 、 ラ 、 電信 ば しら も 倒さ な 。 」 
「 それから ？ 　 それから ？ 　 それから ？ 」 
「 それ がら 屋根 も とばさ な 。 」 
「 アアハハハ 、 屋根 は 家 の うち だい 。 どう だ いまだ ある かい 。 それから 、 それから ？ 」 
「 それ だ が ら 、 ララ 、 それ だ から ランプ も 消さ な 。 」 
「 アアハハハハ 、 ランプ は あかし の うち だい 。 けれど それだけ かい 。 え 、 おい 。 それから ？ 　 それから それ から 。 」 
耕 助 は つまっ て しまい まし た 。 たいてい もう 言っ て しまっ た の です から 、 いくら 考え て も もう でき ませ ん でし た 。 
三郎 は いよいよ おもしろ そう に 指 を 一 本 立て ながら 、 
「 それから ？ 　 それから ？ 　 ええ ？ 　 それから ？ 」 と 言う の でし た 。 
耕 助 は 顔 を 赤く し て しばらく 考え て から やっと 答え まし た 。 
「 風車 も ぶっ こわ さ な 。 」 
すると 三郎 は こんど こそ は まるで 飛び上がっ て 笑っ て しまい まし た 。 みんな も 笑い まし た 。 笑っ て 笑っ て 笑い まし た 。 
三郎 は やっと 笑う の を やめ て 言い まし た 。 
「 そら ごらん 、 とうとう 風車 など を 言っ ちゃっ たろ う 。 風車 なら 風 を 悪く 思っ ちゃ い ない ん だ よ 。 もちろん 時々 こわす こと も ある けれども 回し て やる 時 の ほう が ずっと 多い ん だ 。 風車 なら ちっとも 風 を 悪く 思っ て い ない ん だ 。 それ に 第 一 お前 の さっき から の 数え よう は あんまり おかしい や 。 ララ 、 ララ 、 ばかり 言っ た ん だろ う 。 おしまい に とうとう 風車 なんか 数え ちゃっ た 。 ああ おかしい 。 」 
三郎 は また 涙 の 出る ほど 笑い まし た 。 
耕 助 も さっき から あんまり 困っ た ため に おこっ て い た の も だんだん 忘れ て 来 まし た 。 そして つい 三郎 と いっしょ に 笑い 出し て しまっ た の です 。 すると 三郎 も すっかり き げん を 直し て 、 
「 耕 助 君 、 いたずら を し て 済まなかっ た よ 。 」 と 言い まし た 。 
「 さあ それで あ 行 ぐべな 。 」 と 一郎 は 言い ながら 三 郎 に ぶどう を 五 ふさ ばかり くれ まし た 。 
三郎 は 白い 栗 を みんな に 二つ ずつ 分け まし た 。 そして みんな は 下 の みち まで いっしょ に おり て 、 あと は めいめい の うち へ 帰っ た の です 。 
次 の 朝 は 霧 が じめじめ 降っ て 学校 の うし ろ の 山 も ぼんやり しか 見え ませ ん でし た 。 ところが きょう も 二 時間 目 ころ から だんだん 晴れ て まもなく 空 は まっ青 に なり 、 日 は かんかん 照っ て 、 お 午 に なっ て 一 、 二 年 が 下がっ て しまう と まるで 夏 の よう に 暑く なっ て しまい まし た 。 
ひる すぎ は 先生 も たびたび 教壇 で 汗 を ふき 、 四 年生 の 習字 も 五 年生 六 年生 の 図画 も まるで むし暑く て 、 書き ながら うとうと する の でし た 。 
授業 が 済む と みんな は すぐ 川下 の ほう へ そろっ て 出かけ まし た 。 嘉助 が 、 
「 又 三郎 、 水 泳ぎ に 行 が ない が 。 小さい や づど 今 ころ みんな 行っ てる ぞ 。 」 と 言い まし た ので 三 郎 も ついて行き まし た 。 
そこ は この 前 上 の 野原 へ 行っ た ところ より も 、 も 少し 下流 で 右 の ほう から も 一つ の 谷川 が はいっ て 来 て 、 少し 広い 河原 に なり 、 すぐ 下流 は 大きな さいかち の 木 の はえ た 崖 に なっ て いる の でし た 。 
「 おおい 。 」 と さき に 来 て いる こども ら が は だ か で 両手 を あげ て 叫び まし た 。 一郎 や みんな は 、 河原 の ねむの木 の 間 を まるで 徒競走 の よう に 走っ て 、 いきなり きもの を ぬ ぐとすぐどぶんどぶんと 水 に 飛び込ん で 両足 を かわるがわる 曲げ て 、 だ あん だ あん と 水 を たたく よう に し ながら 斜め に ならん で 向こう岸 へ 泳ぎ はじめ まし た 。 前 に い た こども ら も あと から 追い付い て 泳ぎ はじめ まし た 。 三郎 も きもの を ぬい で みんな の あと から 泳ぎ はじめ まし た が 、 途中 で 声 を あげ て わらい まし た 。 すると 向こう岸 に つい た 一郎 が 、 髪 を あざらし の よう に し て くちびる を 紫 に し て わくわく ふるえ ながら 、 
「 わあ 又 三郎 、 何 し て わらっ た 。 」 と 言い まし た 。 
三郎 は やっぱり ふるえ ながら 水 から あがっ て 、 
「 この 川 冷たい なあ 。 」 と 言い まし た 。 
「 又 三郎 何 し て わらっ た ？ 」 一郎 は また きき まし た 。 
三郎 は 、 
「 おまえ たち の 泳ぎ方 は おかしい や 。 なぜ 足 を だぶだぶ 鳴らす ん だい 。 」 と 言い ながら また 笑い まし た 。 
「 うわ あい 。 」 と 一郎 は 言い まし た が 、 なんだか きまり が 悪く なっ た よう に 、 
「 石 取り さ ない が 。 」 と 言い ながら 白い 丸い 石 を ひろい まし た 。 
「 するする 。 」 こども ら が みんな 叫び まし た 。 
「 おれ それで あ 、 あの 木 の 上がら 落とす がら な 。 」 と 一郎 は 言い ながら 崖 の 中ごろ から 出 て いる さいかち の 木 へ するする のぼっ て 行き まし た 。 そして 、 
「 さあ 落とす ぞ 。 一 二 三 。 」 と 言い ながら その 白い 石 を ど ぶん 、 と 淵 へ 落とし まし た 。 
みんな は われ 勝ち に 岸 から まっ さ か さま に 水 に とび 込ん で 、 青白 いらっ この よう な 形 を し て 底 へ もぐっ て 、 その 石 を とろ う と し まし た 。 
けれども みんな 底 まで 行か ない に 息 が つまっ て 浮かび だし て 来 て 、 かわるがわる ふう と そこら へ 霧 を ふき まし た 。 
三郎 は じっと みんな の する の を 見 て い まし た が 、 みんな が 浮かん で き て から じ ぶん も ど ぶん と はいっ て 行き まし た 。 けれども やっぱり 底 まで 届か ず に 浮い て き た ので みんな は どっと 笑い まし た 。 その とき 向こう の 河原 の ねむの木 の ところ を 大人 が 四 人 、 肌 ぬぎ に なっ たり 、 網 を もっ たり し て こっち へ 来る の でし た 。 
すると 一郎 は 木 の 上 で まるで 声 を ひくく し て みんな に 叫び まし た 。 
「 おお 、 発破 だ ぞ 。 知ら ない ふり し てろ 。 石 とりやめ で 早 ぐみ ん な 下流 ささ がれ 。 」 そこ で みんな は 、 なるべく そっち を 見 ない ふり を し ながら 、 いっしょ に 砥石 を ひろっ たり 、 鶺鴒 を 追っ たり し て 、 発破 の こと なぞ 、 すこし も 気がつか ない ふり を し て い まし た 。 
すると 向こう の 淵 の 岸 で は 、 下流 の 坑夫 を し て い た 庄助 が 、 しばらく あちこち 見 まわし て から 、 いきなり あぐら を かい て 砂利 の 上 へ すわっ て しまい まし た 。 それ から ゆっくり 腰 から たばこ 入れ を とっ て 、 きせる を くわえ て ぱくぱく 煙 を ふきだし まし た 。 奇 体 だ と 思っ て い まし たら 、 また 腹 かけ から 何 か 出し まし た 。 
「 発破 だ ぞ 、 発破 だ ぞ 。 」 と みんな 叫び まし た 。 
一郎 は 手 を ふっ て それ を とめ まし た 。 庄助 は 、 きせる の 火 を しずか に それ へ うつし まし た 。 うし ろ に い た 一 人 は すぐ 水 に は いっ て 網 を かまえ まし た 。 庄助 は まるで 落ちつい て 、 立っ て 一 あし 水 に は いる と すぐ その 持っ た もの を 、 さいかち の 木の下 の ところ へ 投げこみ まし た 。 すると まもなく 、 ぼ お という よう な ひどい 音 が し て 水 は むくっ と 盛りあがり 、 それ から しばらく そこら あたり が きい ん と 鳴り まし た 。 
向こう の 大人 たち は みんな 水 へ はいり まし た 。 
「 さあ 、 流れ て 来る ぞ 。 みんな とれ 。 」 と 一郎 が 言い まし た 。 まもなく 耕 助 は 小指 ぐらい の 茶 いろ な かじ か が 横向き に なっ て 流れ て 来 た の を つかみ まし た し 、 その うし ろ で は 嘉助 が 、 まるで 瓜 を すする とき の よう な 声 を 出し まし た 。 それ は 六 寸 ぐらい ある 鮒 を とっ て 、 顔 を まっ 赤 に し て よろこん で い た の です 。 それから みんな とっ て 、 わあわあ よろこび まし た 。 
「 だまっ てろ 、 だまっ てろ 。 」 一郎 が 言い まし た 。 
その とき 向こう の 白い 河原 を 肌 ぬぎ に なっ たり 、 シャツ だけ 着 たり し た 大人 が 五 六 人 かけ て 来 まし た 。 その うし ろ から は ちょうど 活動 写真 の よう に 、 一 人 の 網 シャツ を 着 た 人 が 、 は だ か 馬 に 乗っ て まっしぐら に 走っ て 来 まし た 。 みんな 発破 の 音 を 聞い て 見 に 来 た の です 。 
庄助 は しばらく 腕 を 組ん で みんな の とる の を 見 て い まし た が 、 
「 さっぱり い ない な 。 」 と 言い まし た 。 すると 三郎 が いつのまにか 庄助 の そば へ 行っ て い まし た 。 そして 中 くらい の 鮒 を 二 匹 、 
「 魚 返す よ 。 」 と いっ て 河原 へ 投げる よう に 置き まし た 。 すると 庄助 が 、 
「 なん だ この 童 あ 、 き たい な や づだな 。 」 と 言い ながら じろじろ 三郎 を 見 まし た 。 
三郎 は だまっ て こっち へ 帰っ て き まし た 。 
庄助 は 変 な 顔 を し て み て い ます 。 みんな は どっと わらい まし た 。 
庄助 は だまっ て また 上流 へ 歩き だし まし た 。 ほか の おとな たち も つい て 行き 、 網 シャツ の 人 は 馬 に 乗っ て 、 また かけ て 行き まし た 。 耕 助 が 泳い で 行っ て 三 郎 の 置い て 来 た 魚 を 持っ て き まし た 。 みんな は そこ で また わらい まし た 。 
「 発破 かけ だら 、 雑魚 撒か せ 。 」 嘉助 が 河原 の 砂 っ ぱの 上 で 、 ぴょんぴょん はね ながら 高く 叫び まし た 。 
みんな は とっ た 魚 を 石 で 囲ん で 、 小さな 生け 州 を こしらえ て 、 生きかえっ て も もう 逃げ て 行か ない よう に し て 、 また 上流 の さいかち の 木 へ のぼり はじめ まし た 。 
ほんとう に 暑く なっ て 、 ねむの木 も まるで 夏 の よう に ぐったり 見え まし た し 、 空 も まるで 底なし の 淵 の よう に なり まし た 。 
その ころ だれ か が 、 
「 あ 、 生け 州 ぶっ こわす とこ だ ぞ 。 」 と 叫び まし た 。 見る と 一 人 の 変 に 鼻 の とがっ た 、 洋服 を 着 て わらじ を はい た 人 が 、 手 に は ステッキ みたい な もの を もっ て 、 みんな の 魚 を ぐちゃぐちゃ かきまわし て いる の でし た 。 
その 男 は こっち へ びちゃびちゃ 岸 を あるい て 来 まし た 。 
「 あ 、 あ いづ 専売 局 だ ぞ 。 専売 局 だ ぞ 。 」 佐太郎 が 言い まし た 。 
「 又 三郎 、 う な の とっ た 煙草 の 葉 め っけ たん だ で 、 う な 、 連れ で ぐさ 来 た ぞ 。 」 嘉助 が 言い まし た 。 
「 なん だい 。 こわく ない や 。 」 三郎 は きっと 口 を かん で 言い まし た 。 
「 みんな 又 三郎 の ごと 囲ん で ろ 、 囲ん で ろ 。 」 と 一郎 が 言い まし た 。 
そこで みんな は 三 郎 を さいかち の 木 の いちばん 中 の 枝 に 置い て 、 まわり の 枝 に すっかり 腰かけ まし た 。 
「 来 た 来 た 、 来 た 来 た 。 来 たっ 。 」 と みんな は 息 を こらし まし た 。 
ところが その 男 は 別に 三郎 を つかまえる ふう で も なく 、 みんな の 前 を 通り こし て 、 それから 淵 の すぐ 上流 の 浅瀬 を 渡ろ う と し まし た 。 それ も すぐ に 川 を わたる で も なく 、 いかにも わらじ や 脚絆 の きたなく なっ た の を そのまま 洗う という ふう に 、 もう 何 べ ん も 行っ たり 来 たり する もん です から 、 みんな は だんだん こわく なく なり まし た が 、 その かわり 気持ち が 悪く なっ て き まし た 。 
そこで とうとう 一郎 が 言い まし た 。 
「 お 、 おれ 先 に 叫ぶ から 、 みんな あと から 、 一 二 三 で 叫ぶ こ だ 。 いい か 。 
あんまり 川 を 濁す な よ 、 
いつ でも 先生 言う で ない か 。 一 、 二 い 、 三 。 」 
「 あんまり 川 を 濁す な よ 、 
いつ でも 先生 言う で ない か 。 」 
その 人 は びっくり し て こっち を 見 まし た けれども 、 何 を 言っ た の か よく わから ない という よう す でし た 。 そこで みんな は また 言い まし た 。 
「 あんまり 川 を 濁す な よ 、 
いつ でも 先生 、 言う で ない か 。 」 
鼻 の とがっ た 人 は すぱすぱ と 、 煙草 を 吸う とき の よう な 口つき で 言い まし た 。 
「 この 水 飲む の か 、 ここら で は 。 」 
「 あんまり 川 を にごす な よ 、 
いつ でも 先生 言う で ない か 。 」 
鼻 の とがっ た 人 は 少し 困っ た よう に し て 、 また 言い まし た 。 
「 川 を あるい て わるい の か 。 」 
「 あんまり 川 を にごす な よ 、 
いつ でも 先生 言う で ない か 。 」 
その 人 は あわて た の を ごまかす よう に 、 わざと ゆっくり 川 を わたっ て 、 それから アルプス の 探検 みたい な 姿勢 を とり ながら 、 青い 粘土 と 赤 砂利 の 崖 を ななめ に のぼっ て 、 崖 の 上 の たばこ 畑 へ はいっ て しまい まし た 。 
すると 三郎 は 、 
「 なん だい 、 ぼく を 連れ に き た ん じゃ ない や 。 」 と 言い ながら まっさきに ど ぶん と 淵 へ とび 込み まし た 。 
みんな も なんだか 、 その 男 も 三郎 も 気の毒 な よう な おかしな がらん と し た 気持ち に なり ながら 、 一 人 ずつ 木 から はね おり て 、 河原 に 泳ぎ つい て 、 魚 を 手ぬぐい に つつん だり 、 手 に もっ たり し て 家 に 帰り まし た 。 
次 の 朝 、 授業 の 前 みんな が 運動 場 で 鉄棒 に ぶらさがっ たり 、 棒 か くし を し たり し て い ます と 、 少し 遅れ て 佐太郎 が 何 か を 入れ た 笊 を そっと かかえ て やって来 まし た 。 
「 なん だ 、 なん だ 。 なん だ 。 」 と すぐ みんな 走っ て 行っ て のぞき込み まし た 。 
すると 佐太郎 は 袖 で それ を かくす よう に し て 、 急い で 学校 の 裏 の 岩穴 の ところ へ 行き まし た 。 そして みんな は いよいよ あと を 追って 行き まし た 。 
一郎 が それ を のぞく と 、 思わず 顔 いろ を 変え まし た 。 
それ は 魚 の 毒 もみ に つかう 山椒 の 粉 で 、 それ を 使う と 発破 と 同じ よう に 巡査 に 押え られる の でし た 。 ところが 佐太郎 は それ を 岩穴 の 横 の 萱 の 中 へ かくし て 、 知ら ない 顔 を し て 運動 場 へ 帰り まし た 。 
そこで みんな は ひそひそ と 、 時間 に なる まで い つ まで も その 話 ばかり し て い まし た 。 
その 日 も 十 時 ごろ から やっぱり きのう の よう に 暑く なり まし た 。 みんな は もう 授業 の 済む の ばかり 待っ て い まし た 。 
二 時 に なっ て 五 時間 目 が 終わる と 、 もう みんな 一目散 に 飛びだし まし た 。 佐太郎 も また 笊 を そっと 袖 で かくして 、 耕 助 だの みんな に 囲ま れ て 河原 へ 行き まし た 。 三郎 は 嘉助 と 行き まし た 。 みんな は 町 の 祭り の とき の ガス の よう な におい の 、 むっと する ねむ の 河原 を 急い で 抜け て 、 いつも の さいかち 淵 に 着き まし た 。 すっかり 夏 の よう な 立派 な 雲 の 峰 が 東 で むくむく 盛りあがり 、 さいかち の 木 は 青く 光っ て 見え まし た 。 
みんな 急い で 着物 を ぬい で 淵 の 岸 に 立つ と 、 佐太郎 が 一 郎 の 顔 を 見 ながら 言い まし た 。 
「 ちゃんと 一 列 に なら べ 。 いい か 、 魚 浮い て 来 たら 泳い で 行っ て とれ 。 とっ た くらい 与る ぞ 。 いい か 。 」 
小さな こども ら は よろこん で 、 顔 を 赤く し て 押し あっ たり し ながら ぞ ろ っと 淵 を 囲み まし た 。 
ぺ 吉 だの 三 四 人 は もう 泳い で 、 さいかち の 木の下 まで 行っ て 待っ て い まし た 。 
佐太郎 が 大 威張り で 、 上流 の 瀬 に 行っ て 笊 を じゃぶじゃぶ 水 で 洗い まし た 。 
みんな し いん として 、 水 を みつめ て 立っ て い まし た 。 
三郎 は 水 を 見 ない で 向こう の 雲 の 峰 の 上 を 通る 黒い 鳥 を 見 て い まし た 。 一郎 も 河原 に すわっ て 石 を こちこち たたい て い まし た 。 
ところが 、 それから よほど たっ て も 魚 は 浮い て 来 ませ ん でし た 。 
佐太郎 は たいへん まじめ な 顔 で 、 きちんと 立っ て 水 を 見 て い まし た 。 きのう 発破 を かけ た とき なら 、 もう 十 匹 も とっ て い た ん だ と みんな は 思い まし た 。 また ずいぶん しばらく みんな しいんと し て 待ち まし た 。 けれども やっぱり 魚 は 一 ぴき も 浮い て 来 ませ ん でし た 。 
「 さっぱり 魚 、 浮かば ない な 。 」 耕 助 が 叫び まし た 。 佐太郎 は びく っと し まし た けれども 、 まだ 一心に 水 を 見 て い まし た 。 
「 魚 さっぱり 浮かば ない な 。 」 ぺ 吉 が また 向こう の 木の下 で 言い まし た 。 する と もう 、 みんな は がやがや と 言い 出し て 、 みんな 水 に 飛び込ん で しまい まし た 。 
佐太郎 は しばらく きまり 悪 そう に 、 しゃがん で 水 を 見 て い まし た けれど 、 とうとう 立っ て 、 
「 鬼 っ こし ない か 。 」 と 言い まし た 。 
「 する 、 する 。 」 みんな は 叫ん で 、 じゃん け ん を する ため に 、 水 の 中 から 手 を 出し まし た 。 泳い で い た もの は 急い で せい の 立つ ところ まで 行っ て 手 を 出し まし た 。 
一郎 も 河原 から 来 て 手 を 出し まし た 。 そして 一郎 は はじめ に 、 きのう あの 変 な 鼻 の とがっ た 人 の 上っ て 行っ た 崖 の 下 の 、 青い ぬるぬる し た 粘土 の ところ を 根っこ に きめ まし た 。 そこ に 取りつい て いれ ば 、 鬼 は 押える こと が でき ない という の でし た 。 それから 、 はさみ 無し の 一 人 まけ かち で じゃん け ん を し まし た 。 
ところが 悦治 は ひとり はさみ を 出し た ので 、 みんな に うんと はやさ れ た ほか に 鬼 に なり まし た 。 悦治 は 、 くちびる を 紫いろ に し て 河原 を 走っ て 、 喜作 を 押え た ので 鬼 は 二 人 に なり まし た 。 それから みんな は 、 砂 っ ぱの 上 や 淵 を 、 あっち へ 行っ たり こっち へ 来 たり 、 押え たり 押え られ たり 、 何 べ ん も 鬼 っ こ を し まし た 。 
しまいに とうとう 三 郎 一 人 が 鬼 に なり まし た 。 三郎 は まもなく 吉郎 を つかまえ まし た 。 みんな は さいかち の 木の下 に い て それ を 見 て い まし た 。 すると 三郎 が 、 
「 吉郎 君 、 きみ は 上流 から 追っ て 来る ん だ よ 。 いい か 。 」 と 言い ながら 、 じ ぶん は だまっ て 立っ て 見 て い まし た 。 
吉郎 は 口 を あい て 手 を ひろげ て 、 上流 から 粘土 の 上 を 追って 来 まし た 。 
みんな は 淵 へ 飛び込む し たく を し まし た 。 一郎 は 楊 の 木 に のぼり まし た 。 その とき 吉郎 が 、 あの 上流 の 粘土 が 足 に つい て い た ため に 、 みんな の 前 で すべっ て ころん で しまい まし た 。 
みんな は 、 わあわあ 叫ん で 、 吉郎 を はね こえ たり 、 水 に は いっ たり し て 、 上流 の 青い 粘土 の 根 に 上がっ て しまい まし た 。 
「 又 三郎 、 来 。 」 嘉助 は 立っ て 口 を 大きく あい て 、 手 を ひろげ て 三 郎 を ばか に し まし た 。 すると 三郎 は さっき から よっぽど おこっ て い た と 見え て 、 
「 ようし 、 見 て いろ よ 。 」 と 言い ながら 本気 に なっ て 、 ざぶんと 水 に 飛び込ん で 、 一生けん命 、 そっち の ほう へ 泳い で 行き まし た 。 
三郎 の 髪の毛 が 赤く て ば し ゃばしゃしているのに 、 あんまり 長く 水 に つかっ て くちびる も すこし 紫いろ な ので 、 子ども ら は すっかり こわがっ て しまい まし た 。 
第 一 、 その 粘土 の ところ は せまく て 、 みんな が はいれ なかっ た のに 、 それ に たいへん つるつる すべる 坂 に なっ て い まし た から 、 下 の ほう の 四 五 人 など は 上 の 人 に つかまる よう に し て 、 やっと 川 へ すべり 落ちる の を ふせい で い た の でし た 。 一郎 だけ が 、 いちばん 上 で 落ちつい て 、 さあ みんな 、 とか なんとか 相談 らしい こと を はじめ まし た 。 みんな も そこで 頭 を あつめ て 聞い て い ます 。 三郎 は ぼ ちゃぼ ちゃ 、 もう 近く まで 行き まし た 。 
みんな は ひそひそ はなし て い ます 。 すると 三郎 は 、 いきなり 両手 で みんな へ 水 を かけ 出し まし た 。 みんな が 、 ばたばた 防い で い まし たら 、 だんだん 粘土 が すべっ て 来 て 、 なんだか すこ う し 下 へ ずれ た よう に なり まし た 。 
三郎 は よろこん で 、 いよいよ 水 を はねとばし まし た 。 
すると 、 みんな は ぼ ち ゃんぼちゃんと 一 度 に すべっ て 落ち まし た 。 三郎 は それ を 片っぱし から つかまえ まし た 。 一郎 も つかまり まし た 。 嘉助 が ひとり 、 上 を まわっ て 泳い で 逃げ まし たら 、 三郎 は すぐ に 追い付い て 押え た ほか に 、 腕 を つかん で 四 五 へん ぐるぐる 引っぱり まわし まし た 。 嘉助 は 水 を 飲ん だ と 見え て 、 霧 を ふい て ご ぼ ご ぼ むせ て 、 
「 おいら もう やめ た 。 こんな 鬼 っ こも う し ない 。 」 と 言い まし た 。 小さな 子ども ら は みんな 砂利 に 上がっ て しまい まし た 。 
三郎 は ひとり さいかち の 木の下 に 立ち まし た 。 
ところが 、 その とき は も うそ ら が いっぱい の 黒い 雲 で 、 楊 も 変 に 白っぽく なり 、 山 の 草 は しんしん と くらく なり 、 そこら は なんと も 言わ れ ない 恐ろしい 景色 に かわっ て い まし た 。 
その うち に 、 いきなり 上 の 野原 の あたり で 、 ごろごろ ごろ と 雷 が 鳴り出し まし た 。 と 思う と 、 まるで 山 つ なみ の よう な 音 が し て 、 一 ぺん に 夕立 が やって来 まし た 。 風 まで ひ ゅうひゅう 吹きだし まし た 。 
淵 の 水 に は 、 大きな ぶち ぶち が たくさん でき て 、 水 だ か 石 だ か わから なく なっ て しまい まし た 。 
みんな は 河原 から 着物 を かかえ て 、 ねむの木 の 下 へ 逃げ こみ まし た 。 すると 三郎 も なんだか はじめて こわく なっ た と 見え て 、 さいかち の 木の下 から ど ぼん と 水 へ はいっ て みんな の ほう へ 泳ぎ だし まし た 。 
すると 、 だれ と も なく 、 
「 雨 は ざっこざっこ 雨 三郎 、 
風 は どっ こ どっ こ 又 三郎 。 」 と 叫ん だ もの が あり まし た 。 
みんな も すぐ 声 を そろえ て 叫び まし た 。 
「 雨 は ざっこざっこ 雨 三郎 、 
風 は どっ こ どっ こ 又 三郎 。 」 
三郎 は まるで あわて て 、 何 か に 足 を ひっぱら れる よう に し て 淵 から とびあがっ て 、 一目散 に みんな の ところ に 走っ て 来 て 、 がたがた ふるえ ながら 、 
「 いま 叫ん だ の は おまえ ら だ ちかい 。 」 と きき まし た 。 
「 そ で ない 、 そ で ない 。 」 みんな いっしょ に 叫び まし た 。 
ぺ 吉 が また 一 人 出 て 来 て 、 
「 そ で ない 。 」 と 言い まし た 。 
三郎 は 気味悪 そう に 川 の ほう を 見 て い まし た が 、 色 の あせ た くちびる を 、 いつも の よう に きっと かん で 、 「 なん だい 。 」 と 言い まし た が 、 からだ は やはり がくがく ふるえ て い まし た 。 
そして みんな は 、 雨 の はれ 間 を 待っ て 、 めいめい の うち へ 帰っ た の です 。 
どっ どど 　 どど うど 　 どど うど 　 どど う 
青い くるみ も 吹きとばせ 
すっぱい か りん も 吹きとばせ 
どっ どど 　 どど うど 　 どど うど 　 どど う 
どっ どど 　 どど うど 　 どど うど 　 どど う 
先ごろ 、 三郎 から 聞い た ばかり の あの 歌 を 一 郎 は 夢 の 中 で また きい た の です 。 
びっくり し て はね 起き て 見る と 、 外 で は ほんとう に ひどく 風 が 吹い て 、 林 は まるで ほえる よう 、 あけ がた 近く の 青 ぐろいうすあかりが 、 障子 や 棚 の 上 の ちょう ちん 箱 や 、 家 じゅう いっぱい でし た 。 一郎 は すばやく 帯 を し て 、 そして 下駄 を はい て 土間 を おり 、 馬屋 の 前 を 通っ て くぐり を あけ まし たら 、 風 が つめたい 雨 の 粒 と いっ し ょにどっとはいって 来 まし た 。 
馬屋 の うし ろ の ほう で 何 か 戸 が ば たっ と 倒れ 、 馬 は ぶる っと 鼻 を 鳴らし まし た 。 
一郎 は 風 が 胸 の 底 まで しみ込ん だ よう に 思っ て 、 はあ と 息 を 強く 吐き まし た 。 そして 外 へ かけだし まし た 。 
外 は もう よほど 明るく 、 土 は ぬれ て おり まし た 。 家 の 前 の 栗 の 木 の 列 は 変 に 青く 白く 見え て 、 それ が まるで 風 と 雨 と で 今 洗濯 を する と でも いう よう に 激しく もま れ て い まし た 。 
青い 葉 も 幾 枚 も 吹き飛ばさ れ 、 ちぎら れ た 青い 栗 の いが は 黒い 地面 に たくさん 落ち て い まし た 。 空 で は 雲 が けわしい 灰色 に 光り 、 どんどん どんどん 北 の ほう へ 吹きとばさ れ て い まし た 。 
遠く の ほう の 林 は まるで 海 が 荒れ て いる よう に 、 ご とんご とんと 鳴っ たり ざっと 聞こえ たり する の でし た 。 一郎 は 顔 いっぱい に 冷たい 雨 の 粒 を 投げつけ られ 、 風 に 着物 を もっ て 行か れ そう に なり ながら 、 だまっ て その 音 を ききすまし 、 じっと 空 を 見上げ まし た 。 
すると 胸 が さらさら と 波 を たてる よう に 思い まし た 。 けれども また じっと その 鳴っ て ほえ て うなっ て 、 かけ て 行く 風 を み て い ます と 、 今度 は 胸 が どかどか と なっ て くる の でし た 。 
きのう まで 丘 や 野原 の 空 の 底 に 澄みきっ て しん と し て い た 風 が 、 けさ 夜 あけ 方 にわかに いっせいに こう 動き出し て 、 どんどん どんどん タスカロラ 海溝 の 北 の はじ を めがけ て 行く こと を 考え ます と 、 もう 一郎 は 顔 が ほてり 、 息も はあ はあ と なっ て 、 自分 まで が いっしょ に 空 を 翔け て 行く よう な 気持ち に なっ て 、 大急ぎ で うち の 中 へ はいる と 胸 を 一ぱい は って 、 息 を ふっと 吹き まし た 。 
「 ああ ひで 風 だ 。 きょう は 煙草 も 栗 も すっかり やら える 。 」 と 一郎 の おじいさん が くぐり の ところ に 立っ て 、 ぐっと 空 を 見 て い ます 。 一郎 は 急い で 井戸 から バケツ に 水 を 一ぱい くん で 台所 を ぐんぐん ふき まし た 。 
それから 金 だ らい を 出し て 顔 を ぶるぶる 洗う と 、 戸棚 から 冷たい ごはん と 味噌 を だし て 、 まるで 夢中 で ざくざく 食べ まし た 。 
「 一郎 、 いま お 汁 できる から 少し 待っ て だら よ 。 何 し て け さそっ た に 早く 学校 へ 行 が ない や ない が べ 。 」 おかあさん は 馬 に やる （ 不詳 ） を 煮る かま ど に 木 を 入れ ながら きき まし た 。 
「 うん 。 又 三郎 は 飛ん で っ た が も しれ ない も や 。 」 
「 又 三郎 って 何 だ て や 。 鳥 こ だて が 。 」 
「 うん 。 又 三郎 っていう や づよ 。 」 一郎 は 急い で ごはん を しまう と 、 椀 を こちこち 洗っ て 、 それから 台所 の 釘 に かけ て ある 油 合羽 を 着 て 、 下駄 は もっ て はだし で 嘉助 を さそい に 行き まし た 。 
嘉助 は まだ 起き た ばかり で 、 
「 いま ごはん を たべ て 行 ぐがら 。 」 と 言い まし た ので 、 一郎 は しばらく うま や の 前 で 待っ て い まし た 。 
まもなく 嘉助 は 小さい 簑 を 着 て 出 て 来 まし た 。 
はげしい 風 と 雨 に ぐしょぬれ に なり ながら 二 人 は やっと 学校 へ 来 まし た 。 昇降 口 から はいっ て 行き ます と 教室 は まだ しいんと し て い まし た が 、 ところどころ の 窓 の すき ま から 雨 が はいっ て 板 は まるで ざぶざぶしていました 。 一郎 は しばらく 教室 を 見 まわし て から 、 
「 嘉助 、 二 人 し て 水 掃 ぐべな 。 」 と 言っ て し ゅろ 箒 を もっ て 来 て 水 を 窓 の 下 の 穴 へ はき 寄せ て い まし た 。 
すると もう だれ か 来 た の か という よう に 奥 から 先生 が 出 て き まし た が 、 ふしぎ な こと は 先生 が あたりまえ の 単 衣 を き て 赤い うちわ を もっ て いる の です 。 
「 たいへん 早い です ね 。 あなた がた 二 人 で 教室 の 掃除 を し て いる の です か 。 」 先生 が きき まし た 。 
「 先生 お早う ござい ます 。 」 一郎 が 言い まし た 。 
「 先生 お早う ござい ます 。 」 と 嘉助 も 言い まし た が 、 すぐ 、 
「 先生 、 又 三 郎 きょう 来る の すか 。 」 と きき まし た 。 
先生 は ちょっと 考え て 、 
「 又 三郎 って 高田 さん です か 。 ええ 、 高田 さん は きのう おとうさん と いっしょ に もう ほか へ 行き まし た 。 日曜 な ので みなさん に ご 挨拶 する ひま が なかっ た の です 。 」 
「 先生 飛ん で 行っ た の です か 。 」 嘉助 が きき まし た 。 
「 いいえ 、 おとうさん が 会社 から 電報 で 呼ば れ た の です 。 おとうさん は も いちど ちょっと こっち へ 戻ら れる そう です が 、 高田 さん は やっぱり 向こう の 学校 に は いる の だ そう です 。 向こう に は おかあさん も おら れる の です から 。 」 
「 何 し て 会社 で 呼 ばっ た べ す 。 」 と 一郎 が きき まし た 。 
「 ここ の モリブデン の 鉱脈 は 当分 手 を つけ ない こと に なっ た ため な そう です 。 」 
「 そう だ ない な 。 やっ ぱりあいづは 風 の 又 三 郎 だっ た な 。 」 嘉助 が 高く 叫び まし た 。 
宿直 室 の ほう で 何 か ごと ごと 鳴る 音 が し まし た 。 先生 は 赤い うちわ を もっ て 急い で そっち へ 行き まし た 。 
二 人 は しばらく だまっ た まま 、 相手 が ほんとう に どう 思っ て いる か 探る よう に 顔 を 見合わせ た まま 立ち まし た 。 
風 は まだ やま ず 、 窓 ガラス は 雨 つぶ の ため に 曇り ながら 、 また がたがた 鳴り まし た 。 
