新・学問のすゝめー東大教授たちの近代(学術俯瞰講義)
第2回
"Beat the whites"と"by Jap anyway"の間―物理学者の屈辱と栄光
幕末・明治維新期に科学が日本に導入されたのは、富国強兵を実現するためのいわば「道具」としての役割が期待されたためであったと説明されることが多い。しかし、日本の科学は、素粒子理論など実用から離れた分野でも高い国際競争力をもっている。このような「純粋科学」を尊重する態度は、帝国大学の中で起こった、山川健次郎(1854年生)世代から長岡半太郎(1865年生)世代への学問の主導者の交代とともに生まれ、確立されて…