災害に意味を求めてしまう私たちへ〜災害文学『方丈記』の視点から〜(「「不思議」なる災害認識 ー鴨長明『方丈記』を読むー」木下華子先生の講義より)
東大生が独自の視点で講義を紹介するコラム。災害は「神の祟り」なのか、それとも「誰かの責任」なのか? 日本最古の災害文学『方丈記』では、災害をどのように描いているのでしょう。木下華子先生の講義を、東大生が紹介します。
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令和8年夏、熊本県の地震や千葉県・北陸での豪雨など、日本各地で大きな災害が相次ぎました。
そんな中、私はSNSでこんな投稿を見かけました。
「豪雨は平将門の祟りなのではないか」
平将門の首塚がいたずらされたことが、豪雨の原因ではないかというものです。もちろん否定する声も多くありました。しかし私は、この投稿を見て、人は災害が起こるとその「理由」を探さずにはいられないのかもしれない、と感じました。
なぜ起きたのか。誰かがそれを引き起こしたのか。
災害は防げなかったのか。果たして偶然なのか必然なのか。
人は災害を前にすると、何らかの説明を求めずにはいられないもののようです。
では、日本最古の「災害文学」として名高い『方丈記』は、災害をどのように描いているのでしょうか?今回は、東京大学文学部人文学科の木下華子先生とともに、『方丈記』を読んでみましょう。
「災害文学」としての『方丈記』
『方丈記』は災害のたびに読み返される、いわば「災害のたびに蘇ってくる」作品だ、と木下先生は言います。
東日本大震災の本震翌日(3月12日)の新聞一面でも、『方丈記』が引用されて話題となりました。
木下先生によれば、私たちが災害を認識する原型を作っているのが『方丈記』なのです。
『方丈記』の「元暦の大地震」には、地震発生後しばらくは1日に20回、30回もの余震があり、その後も数か月にわたって続いたと記されています。こうした記述は、当時の貴族の日記とも一致しているといい、『方丈記』が地震から約30年後に書かれたにもかかわらず、災害の様子を驚くほど精確に伝えていることがわかります。
「地震の原因」をめぐる記述

当時の人々は、地震の原因についてどのように考えていたのでしょうか。
木下先生は、当時の貴族の日記をいくつも確認していきます。すると、地震の原因として「政治の乱れや人々の罪業による神の怒り」「保元の乱の敗者である崇徳院の祟り」「滅亡した平家の怨霊の祟り」など、様々な説が記されていました。共通するのは、地震を因果関係で説明しようとする姿勢です。人々は地震を、神仏や怨霊と結びつけて理解しようとしていました。
一方、『方丈記』の「元暦の大地震」の記述には、地震の原因が一切書かれていません。さらに、この地震の発生時期については「また同じ頃かとよ」と記されるのみで、元号も明示されていません。木下先生は、これは「元暦」という元号から源平の合戦を連想させないためではないかと指摘します。つまり、『方丈記』には、地震を特定の原因と結びつけない姿勢、すなわち因果関係のなかに収めずに語ろうとする姿勢が見られるのです。
『方丈記』は災害を「世の不思議」と表現しています。この「不思議」とは、なぜ起きたのか説明できず、必然的な理由を見いだせない状態を指します。
それを踏まえ、木下先生はこのように考察されています。
「当時、因果関係のうちに災害を「知る」ことは、災害を「領る(しる)」ことだった。」
「領る」とは、「土地や国などを領有する」こと、言い換えると「支配する」という意味です。
そのため、どの文献でも災害の原因を「神仏」「怨霊」などに求め、それを鎮めるために仏事を行う、といった対応をしていたのでした。
『方丈記』は災害の原因をあえて書かず、「不思議」と表現することで、災害を人の思考や判断が及ばぬものと認識しています。これはとても珍しく、『方丈記』にしか見られない書き方である、と木下先生は言います。
しかしながら、『方丈記』は災害を叙述することを放棄している訳ではありません。
『方丈記』は災害をどう描いたか

冒頭でも確認したように、『方丈記』は「元暦の大地震」についてかなり精確な記述をしています。
ここで木下先生は、『方丈記』の「精確さ」だけではない側面を指摘します。
たとえば、『方丈記』は「安元の大火」と呼ばれる火災について、「風に堪へず吹き切られたる焔」という表現を使っています。「吹き切る」は当時でも珍しい表現で、地獄絵で炎が飛び散る様子を描く際に使われる言葉でした。つまり『方丈記』は、読者に地獄絵を連想させようとしていたのです。そこには、都を襲った大火を、まるで現世に地獄が出現した光景のように描こうとする意図がうかがえます。
また、「安元の大火」の記述には、炎の燃え広がり方が「扇を拡げたるがごとく末広になりぬ。」という表現もあります。これは、燃えている様子をドローンで俯瞰しているかのような視点で、火災現場にいる視点とは異なります。『方丈記』は災害を俯瞰的な視点から描くことで、迫真性を生み出しているのです。
このように、『方丈記』は、災害を精確に記録するだけではなく、地獄絵を思わせる語を選び、火災現場を俯瞰的に描いています。これは、現実をどう描き、読者にどのようなイメージを喚起するかを意識した文学的な営為です。災害に関する「精確な記録」を「文学的な営為」が支えることによって、災害の様子を生々しく伝えることができているのです。
まとめ
災害が起きると、SNSでは「誰かがわざと起こした災害なのではないか」といった陰謀論や、「この試練には意味がある」といった言説が広がることがあります。私自身、そのような考え方に違和感を覚えることがありました。
しかし今回の講義を通して、災害に意味を見出そうとすること自体は、決して現代特有のものではないと知りました。人は昔から、理解しがたい災害に何らかの意味や原因を求めてきたのです。
その一方で、『方丈記』は災害を因果関係のなかに押し込めようとはしませんでした。理解しきれない「不思議」な出来事として受け止めながらも、その様子を丁寧に描いています。災害に意味を求めず、起こったことをありのままに見届ける…。『方丈記』は、そのようなもう一つの災害との向き合い方を教えてくれる作品なのかもしれません。
講義動画では、『方丈記』の原文を読みながら、さらに詳しい解説を聞くことができます。気になった方は、ぜひ木下先生の講義をご覧ください!