シリーズ
2009年 開講

死すべきものとしての人間-生と死の思想(学術俯瞰講義)

人間は死すべきものである。ふつう私たちはそのことを強く意識せずに生きている。そうはいかないさしせまった状況に置かれるまでは考えたくないという思いも理解できる。しかし、それは生きていることの「真実」からの逃避ではないだろうか。多くの文化は死に向き合って生きるような装置をもっていた。成熟するとは、「生と死の文化」を身につけ、自覚を深めていくことでもあった。ところが、近代の実利主義的な文化や学問は「生と死の文化」を遠ざけてきた。死にゆく人のケアの現場においてさえそうである。だが、問題は医学だけに限られない。21世紀を迎えた現在、死すべきものとしての人間のあり方が、諸科学において改めて問い直される状況が生じている。学術を身につけようとするものにとって、「生と死の思想」に親しむことは不可欠な学びの一部ではないだろうか。この講義では、哲学・宗教・文芸等において「生と死の思想」がどのように展開してきたか、主として西洋を素材として考察する。それは、死をめぐる現代の論議の背景を照らし出すことにもなる。そこからさらに、日本文化を背景とする者として、自らの死生観を省み、育てていくための手がかりを得ていただくことを願っている。
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宗教学の革新、死生学の創生をリードする/イタリア中世から芭蕉・賢治のイタリア語訳まで

現代科学を思想史から問い直す

2009年 開講
1時間30分
資料あり
ながら聞き可
2009年 開講

第11回 生権力と死の思想

フーコーの生権力論の90年代以降の展開のなかで、アガンベンなど、主要なものを回顧する。その上で、生権力論と死の政治学とがしばしば表裏一体な発現をするという逆説的な事実を提示する。ナチスの人体実験などにも触れる予定。

講師 | 金森 修
1時間30分
資料あり
ながら聞き可
2009年 開講
1時間29分
資料あり
ながら聞き可
2009年 開講

第12回 安楽死の思想史

終末期医療の諸問題の中で、特に安楽死問題に注目する。題材としては、アメリカの20世紀後半に安楽死、またはその周辺の問題群についてなされたいろいろな議論を紹介する。また、それらの議論の契機となった臨床例、社会活動などにも言及する。安楽死問題もまた、現代的な生権力論の具体例の一つだという位置付けが可能だろう。

講師 | 金森 修
1時間29分
資料あり
ながら聞き可
2009年 開講
1時間29分
資料あり
ながら聞き可
2009年 開講

第13回 死生の問いと現代の学術

こちらの講義の概要をだいふくちゃん通信でもご紹介しています。 ⇒【「死」について考えてみませんか?】宗教学者と哲学者による案内(だいふくちゃん通信)

講師 | 島薗 進、熊野 純彦、村松 眞理子
1時間29分
資料あり
ながら聞き可
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