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2013年 開講

社会と倫理-<人間>の限界を問う(学術俯瞰講義)

コーディネータ:高橋哲哉(教養学部) ナビゲータ:山本芳久(教養学部) 2011年3月11日に発生した原子力発電所事故は、私たち人間の営みに対する根本的な反省を迫るものだった。近代の人間は、科学技術という知の光によって、自身が「自然の主人にして所有者」(デカルト)であるという確信を抱いた。核エネルギーの発見と実用化は、その頂点とも言えた。ところが私たちは、それが核兵器だけでなく原子力発電にあっても、私たちの生存そのものを不可能にしかねない怪物であることを思い知らされたのである。 21世紀の今日、社会のあらゆる領域で「人間」とは何かが問い直されている。それは、近代におけるように人間の可能性を確信する方向ではなく、むしろ、そうした「人間」の輪郭が崩れ始め、「人間」の限界が露わになっていく不安とともに、問い直されつつあるのだ。それはまた、従来の人間関係を形づくっていた「倫理」が自明性を失い、それに代わって、人間の限界地点で立ち現れる新たな「倫理」が模索されているということでもある。 この講義では、生と死の医療、精神障害と健常、災厄と儀礼、宗教間対話、市場経済、死刑など、「人間」の限界が問われているさまざまな現場に即して、新たな「倫理」の探求を試みる。
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宗教間対話の倫理

死刑を問う-その条理と不条理

2013年 開講
資料あり
2013年 開講

第11回 死刑の倫理問題

世界では死刑廃止が趨勢であるが、日本は死刑を存置しているだけでなく、世論の多数が死刑を支持している。死刑は倫理的に正当化できるのか。あるいは、できないのか。死刑をめぐる哲学的・思想的な問題に導く(第11回、第12回)。最後に、社会における倫理的責任とは何かについて、考察を試みる(第13回)。

講師 | 高橋 哲哉
資料あり
2013年 開講
資料あり
2013年 開講

第12回 死刑における感情と正義

世界では死刑廃止が趨勢であるが、日本は死刑を存置しているだけでなく、世論の多数が死刑を支持している。死刑は倫理的に正当化できるのか。あるいは、できないのか。死刑をめぐる哲学的・思想的な問題に導く(第11回、第12回)。最後に、社会における倫理的責任とは何かについて、考察を試みる(第13回)。

講師 | 高橋 哲哉
資料あり
2013年 開講
資料あり
2013年 開講

第13回 責任とは何か

世界では死刑廃止が趨勢であるが、日本は死刑を存置しているだけでなく、世論の多数が死刑を支持している。死刑は倫理的に正当化できるのか。あるいは、できないのか。死刑をめぐる哲学的・思想的な問題に導く(第11回、第12回)。最後に、社会における倫理的責任とは何かについて、考察を試みる(第13回)。

講師 | 高橋 哲哉
資料あり

現代医療における生と死

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