シリーズ
2006年 開講

学問と人間(学術俯瞰講義)

現在、大学は、第二次大戦後3度目といわれる、大きな変革期に直面しています。第1の変革期は、戦後まもなく、旧制大学から新制大学への移行期であり、第 2のそれは、1968/69年、全世界的なスチューデント・パワーが大学を席巻した時代です。 それぞれの変革期には、大学のありかたが問われるとともに、学問それ自体が鋭く問われてきました。この、第3の変革期も例外ではありません。学問を問うこ とは、学問を担う人間を問うことであり、そもそも学問と人間との関係それ自身を問いかえすことです。学問とは、すぐれて人間による営みであるからです。 人間、文化、社会、歴史を問題とする学問領域は、同時に、みずからの営みそれ自体を問いかえす宿命を帯びています。それは、人間を対象とする学問(科学) は、そもそもいかにして可能なのかを問い、理性とは背反するとされる対象を学問的に考察する意味を問い、真理それ自体の、いわゆる「客観性」と「歴史性」 に対して、あらためて問いかけます。 この講義は、「学術俯瞰講義」シリーズのひとつとして、人文・社会・心理の分野、とりわけ思想・宗教や学問論の分野において広い視野をもった本学関係者が 講師を担当します。この講義によって学生諸君が学問自体の意味を問う営みに触れ、また人文・社会系統の学のありかたに触れられることを望んでいます。
Content List

コンテンツ一覧

1. 人間を科学する

2006年 開講
1時間16分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第1回 「心」の科学は可能か

人間を科学的に探求するということについて、20世紀初めには物理学をモデルにして心理学が生まれたが、認知心理学、認知科学に発展する中で、コンピュータ科学や人類学、社会学などを取り込み、しだいに状況論的・関係論的視点を取り入れるにいたってきた経緯を解説する。最後に、ヒトを「ヒトとして見る」ことの意味を考える。

講師 | 佐伯 胖
1時間16分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間34分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第2回 人間を「関係」の中で見る

人間を科学的に探求するということについて、20世紀初めには物理学をモデルにして心理学が生まれたが、認知心理学、認知科学に発展する中で、コンピュータ科学や人類学、社会学などを取り込み、しだいに状況論的・関係論的視点を取り入れるにいたってきた経緯を解説する。最後に、ヒトを「ヒトとして見る」ことの意味を考える。

講師 | 佐伯 胖
1時間34分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間28分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第3回 モノを見ることと、ヒトを見ること

人間を科学的に探求するということについて、20世紀初めには物理学をモデルにして心理学が生まれたが、認知心理学、認知科学に発展する中で、コンピュータ科学や人類学、社会学などを取り込み、しだいに状況論的・関係論的視点を取り入れるにいたってきた経緯を解説する。最後に、ヒトを「ヒトとして見る」ことの意味を考える。

講師 | 佐伯 胖
1時間28分
資料あり
ながら聞き可

4.学問と歴史

2006年 開講
1時間33分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第10回 人間学のまどろみ

こちらの講義の概要をだいふくちゃん通信でもご紹介しています。 ⇒ミシェル・フーコーの歴史観【哲学の「思いあがり」を捨て去るために】(だいふくちゃん通信)

講師 | 坂部 恵
1時間33分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第11回 「クリティカ」の伝統

「歴史のなかのアートとサイエンス」。自然科学にしろ、人文科学にしろ、学問としてのそれらの研究・教育体制が今日見る形で整うのは一九世紀以後のことにすぎない。それに先立つ古代以来のリベラル・アーツの影響作用史のなかに、サイエンスを相対化し、ファイン・アーツと通底させる精神史の基層のあり方をさぐってみたい。

講師 | 坂部 恵
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間32分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第12回 科学・哲学・文学

「歴史のなかのアートとサイエンス」。自然科学にしろ、人文科学にしろ、学問としてのそれらの研究・教育体制が今日見る形で整うのは一九世紀以後のことにすぎない。それに先立つ古代以来のリベラル・アーツの影響作用史のなかに、サイエンスを相対化し、ファイン・アーツと通底させる精神史の基層のあり方をさぐってみたい。

講師 | 坂部 恵
1時間32分
資料あり
ながら聞き可

2. 学問と宗教

2006年 開講
1時間34分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第4回 切っても切れない関係

「宗教」と聞いただけでひいてしまう人は多いだろう。そう、宗教はあぶない。でも、宗教だけがあぶないのだろうか。人は誰でもあぶないし、学問だってえらそうな顔をしているが、本当はあぶないのだ。それなら、勇を奮って、もう一度正面から宗教に真向かってみようではないか。学問と宗教は切っても切れない関係にあるのかもしれない。

講師 | 島薗 進、末木 文美士
1時間34分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第5回 宗教はあぶない?!

こちらの講義の概要をだいふくちゃん通信でもご紹介しています。 ⇒【今一度 振り返ってみよう 日本の宗教観】宗教はあぶない?!(だいふくちゃん通信)

講師 | 島薗 進、末木 文美士
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間30分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第6回 それでも宗教?!

「宗教」と聞いただけでひいてしまう人は多いだろう。そう、宗教はあぶない。でも、宗教だけがあぶないのだろうか。人は誰でもあぶないし、学問だってえらそうな顔をしているが、本当はあぶないのだ。それなら、勇を奮って、もう一度正面から宗教に真向かってみようではないか。学問と宗教は切っても切れない関係にあるのかもしれない。

講師 | 島薗 進、末木 文美士
1時間30分
資料あり
ながら聞き可

3. 学問と当事者性

2006年 開講
1時間32分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第7回 学問とポジショナリティ:ジェンダースタディズ

「わたし」のことを研究すると、学問ではないのか?自分で自分を研究対象とすれば「主観的」と呼ばれ、「科学的でない」と言われる。学問は、「中立・客観性」の神話によって厚く守られてきた。「客観」もまた「もうひとつの主観」ではないのか?だれをも「中立」の立場に置かない利害の異なる問題のなかでは、「第三者」とは多数派という名前の「もうひとりの当事者」ではないのか?「わたしのことはわたしがいちばんよく知って…

講師 | 上野 千鶴子
1時間32分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間22分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第8回 学問とポジショナリティ:ポストコロトニアリズム

「わたし」のことを研究すると、学問ではないのか?自分で自分を研究対象とすれば「主観的」と呼ばれ、「科学的でない」と言われる。学問は、「中立・客観性」の神話によって厚く守られてきた。「客観」もまた「もうひとつの主観」ではないのか?だれをも「中立」の立場に置かない利害の異なる問題のなかでは、「第三者」とは多数派という名前の「もうひとりの当事者」ではないのか?「わたしのことはわたしがいちばんよく知って…

講師 | 上野 千鶴子
1時間22分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
2006年 開講

第9回 当事者性と専門性

「わたし」のことを研究すると、学問ではないのか?自分で自分を研究対象とすれば「主観的」と呼ばれ、「科学的でない」と言われる。学問は、「中立・客観性」の神話によって厚く守られてきた。「客観」もまた「もうひとつの主観」ではないのか?だれをも「中立」の立場に置かない利害の異なる問題のなかでは、「第三者」とは多数派という名前の「もうひとりの当事者」ではないのか?「わたしのことはわたしがいちばんよく知って…

講師 | 上野 千鶴子
1時間26分
資料あり
ながら聞き可
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